路地裏のバーのカウンターから見える「偽政者」たちに荒廃させられた空疎で虚飾の社会。漂流する日本。大丈夫かこの国は? 

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【兵庫県知事選】:奇跡の背景(上):なぜ議会は知事に、組織・政党は民衆に、マスコミはSNSに負けたのか?

2024-12-31 07:14:20 | 【選挙・衆院選、参院選、補選・都道府県市町村長・地方議会・公職選挙法・買収事件】

【兵庫県知事選】:奇跡の背景(上):なぜ議会は知事に、組織・政党は民衆に、マスコミはSNSに負けたのか?

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【兵庫県知事選】:奇跡の背景(上):なぜ議会は知事に、組織・政党は民衆に、マスコミはSNSに負けたのか? 

 斎藤氏が再選された。議会とマスコミが悪人レッテルを貼った前知事の再選を県民は支持した。同時に多くの県民が怪文書や議会による百条委員会の設置などは、改革に反対する議員や一部の幹部職員ら(OBを含む)による知事排斥の工作だと見抜いた。かくして元井戸知事時代の体制の復活を図るクーデターは失敗に終わった。

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出典:Estonia Tool Box

 筆者は現在、大阪府・市、愛知県、京都市、堺市、北九州市の顧問を務め、以前には東京都、新潟市、岩手県、奈良県などの行政改革に関わってきた。これらの経験に照らし、兵庫県の動きには注目してきた。顧問、アドバイザーといえども自治体の行政改革を手伝えば否応なしに抵抗勢力との戦いに巻き込まれる。兵庫で何が起きているかは推測がついた。そこで8月から3本のYahoo!ニュース記事を書いてきたが今回と次回はその集大成として知事選挙の総括をしたい。

 〇クーデターの姿は次第に明らかになった

 最初は8月5日に「県庁とは?知事とは?--兵庫県庁のできごとを読み解くヒント」を書いた。そこでは、県庁はとても古い体質の組織で改革は容易でないこと、斎藤知事の改革は庁内や議会の反対で行き詰まっているのではないかと述べた。また抵抗勢力との戦い方には工夫の余地ありと仮説を述べた。

 ■https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/859e23f0fcfd53b6e3a5af994fd7dbf393524307

 次は8月27日に「兵庫県は、知事も県庁も議会も残念--職員アンケートから浮かび上がる仮説」という記事を書いた。

 ■https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c7d631f4e4c57f54ac15d5c505665543253ae983 

 百条委員会の中間報告と職員アンケートの結果が公開され、庁内の様子がわかった。知事には若干のパワハラの傾向があったかもしれない。しかしアンケートの信ぴょう性は疑わしく百条委員会の進め方はあまりにずさんだった。この百条委員会は公益通報問題にかこつけて知事を貶める狙いだと考えた。また議会に協力するマスコミの動きも怪しいと書いた。

 3回目は10月20日に「兵庫県の斎藤知事は、なぜ改革に反対する勢力の謀略に負けたのか?」という記事を書いた。

 ■https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/946f7ee1dc2d7af004e798d776739bf3d4be2bca

 これを書いた時期は不信任案が議決(9月19日)され、斎藤氏が失職して出馬表明(9月26日)をした後、つまり選挙の前哨戦の時期だった。この頃には私は本件は「議員と一部職員が結託して起こしたクーデター」と確信していた。なぜなら議会は百条委員会の結果も出ていない段階で全会一致で不信任議決をした。明らかに不自然だった。おそらく議員らには、①マスコミ批判の激しい今のタイミングで知事を辞めさせたい、さらに②衆院選(10月27日投開票)に向け斎藤氏を推薦した維新の会の信用を落としたい、という意図があるとも感じた。この記事では私は大阪市など各地の経験をもとに議員が百条委員会とマスコミを使って謀略を進める手口を解説した。

 〇選挙がもたらした大きな熱狂

 やがて10月31日から11月17日までの選挙戦に突入する。これは奇跡の展開だった。野球でいえば弱小チームが次々に競合を倒し、最後は逆転満塁さよならホームランで優勝した感じだ。私は当初は「斎藤氏の出馬は支持する。しかしどうせ再選は無理だし知事は変えた方がいい」というスタンスだった。しかし他の候補者では改革は続かなさそうだった。やがて少しづつ県民の支持が広がり、特に高校生や大学生が必死で斎藤支持で活動をしていると聞き、スイッチが入った。やがて私もXを通じ県外から斎藤支援のボランティアたちをサポートするようになった。

 Xの中の斎藤支援の渦の中にいて感じたのは、①正義は勝つべき(議会の不信任やマスコミの冤罪報道への反発)という強い信念、②大学生、高校生など若者の参加(街頭でも、Xでも)、③議会(特に百条委員会の面々)とマスコミ(画一的なバッシング報道)への怒り、④Xのリツイートの連鎖の多さと知らない人どうしの強い連帯感、だった。

 私は現地には一度も行かなかったし斎藤氏や支援グループとは今も面識がない。しかし自然発生的な運動で巨大な組織やマスコミに対抗しえたという達成感はひとしおだった。

 〇10の気づき(総括)

今回選挙はとても内容が濃く、歴史に残る選挙だった。私なりに総括してみたい。

1.候補者(斎藤さん)について

 マスコミが作り上げた斎藤氏のイメージはキーワードで言うと「パワハラ」「おねだり」「職員の自死」の3つだった。

 しかし、選挙戦では斎藤氏自身も支援側も「改革の継続」「若者重視」「礼儀正しさ」を中心的な価値観としていた。そもそも県政の改革やお金の使い方を見直すという前提があり、その担い手として斎藤氏の続投が必須という共通意識があった。また斎藤氏の人物評価については「議会とマスコミの陰謀、冤罪の犠牲者」、つまり悲劇のヒーローであり、それにもかかわらず「一切悪口を言わない天然でいいやつ」という評価が広がった。イメージ形成には静かな語り口や穏やかなふるまい、少年っぽい風貌なども一役買ったかもしれない。とにかく街頭演説やSNSではマスコミ報道と真逆のキャラクターが急速に確立し、浸透していった。

2.選挙戦について

 選挙運動は街頭での「ひとりぼっち」の演説から始まった。次第に足を止める県民の数が増えたが、本人を取り巻く群衆の笑顔と人数は日々、いや時々刻々とネットで拡散された。最初の頃に話しかけるのは高校生、若者、子育てママ、老人などが中心だった。組織代表や政治家はゼロだった。やがて街宣車を使うようになると群衆の数は激増し構成も老若男女に広がった。街頭演説の楽しそうな雰囲気はビジュアル写真でSNS拡散され、それがまた街頭に人を呼ぶ雪だるま現象になった。

 支援者らはそれを必死でリツイートした。いつしかそれは「TVに騙されたままでまだ目覚めていない人に街頭演説に集まる人の数のすごさを伝えよう」という動きになった。やがて私も「これはもしかして行けるかもしれないね。若者たちがここまで参加するのは理想の選挙だ」とXでつぶやくようになる。

 しかし組織票は手ごわい。そもそも彼らは街頭に出てこない。私には大阪都構想の住民投票での2回の苦い思い出があった。Xでは我々、年長者たちが「楽観ムードは禁物」とツイートしていた(まるで、雪山で「眠るな、眠ったら死ぬぞ」というささやきのように)。それを受けて若者たちが「投票に行こう」「親や友達に声をかけよう」と発信した。立花氏の参戦はもちろんプラスになった。特に元副知事の音声データはあっという間にX上で拡散した。これを機に「やはり議会による謀略だ」と確信したという書き込みが増えた。また各種YOUTUBEの動画が流布し、TVよりもこれを見よう、見せようという呼びかけが広がった。

 3.争点:県民は「改革と政策」 VS マスコミは「公益通報」ばかり

 実は今回の選挙は現職知事の再選を問う選挙だった(失職したので1年前倒しだったが)。そこで斎藤氏はこれまで3年の実績をアピールした。高校の予算が全国46位だった話をはじめ大学無償化など若者向けの等身大の話が多く、わかりやすかった。また「(職員のための)1000億円の庁舎VS子供たちのための高校の設備改善」のどちらを重視するかという問いかけは極めて効果的だった。

 やがて県民の頭の中では「改革進める知事を庁舎を建てたい議会が邪魔している」という知事対議会の構図になり、それはさらに「改革者かつ冤罪の犠牲者VS既存勢力の連合体」という二項対立となっていった。

 一方、マスコミや県外の識者はひたすら「文書問題」「公益通報」が争点だと主張し続けた。しかし世論調査では後者はわずか1割、前者が4割を占めた。県民は文書問題や公益通報よりも目の前の自分たちの生活環境、つまり実益や行政改革に興味があった。

 ちなみに今回は不信任とされた知事が再選に挑戦する選挙、斎藤路線はYESかNOかを選択する選挙だった。小泉郵政選挙の「郵政民営化、賛成か反対か」と同じくシンプルな問いかけだった。その流れのなかで候補者は早々に斎藤路線にNOを主張した稲村さんとYESの斎藤さんに絞られた。

 やがてSNS上では稲村さんは「議会と組織=マスコミ冤罪報道をする側」と、斎藤さんが「議会とマスコミに嵌められた悲劇のヒーロー知事=SNS(YOUTUBEや立花氏)と街頭に集う仲間たち」という構図になっていった。

 ちなみに既存政党は全く参加できていなかった。自民も維新も公明も議会では全会一致で反斎藤だったが個々の議員は白黒まだらだった。既存政党の存在感がゼロという意味でもユニークな選挙だった。

 4.「議会」「組織・政党」「マスコミ」への反発のエネルギー

 対抗馬の稲村氏の出馬表明は10月8日と早かった。女性で市長経験者、かつ市民派である。当初は多くの人が次はこの人で決まりと思った。しかし、彼女の周りには既得権益らしき人たちがまとわりついていた。嬉しそうに支持表明する県議たちの姿を見て「無所属といっても稲村さんは議会、特に自民党が担ぎやすいお神輿なんだ」とすぐに見破られた(SNS上の発信)。極めつけは投票日直前の”市長会有志”なる22名の市長たちの支持表明。これはいかにも組織票の稲村さん、既存勢力の象徴というイメージを印象付けた。無党派層の取り込みでは最悪のオウンゴールとなった。

 ちなみにもともと稲村氏は市民派、斎藤氏は経歴から言うと元官僚だった。しかし、選挙戦の途中からイメージはオセロのように「市民派の斎藤さんVS組織票の稲村さん」に変わった。街頭演説も斎藤氏の場合は一般市民が取り巻き握手をしていく。稲村氏の場合は応援する政治家が挨拶や型通りの演説を長々と話す。聴衆も少なかった。

 総じてこの選挙は「知事対議会」の代理戦争だった。稲村氏の豊富な実績や個性は県議会の悪印象で完全に消された。稲村さんは開票後に「何と戦っているのかわからなかった」という名言を残されたが、そのとおりだった。これはやらなくていい選挙だったし、20億円もかかった。この選挙自体に対して多くの県民は憤っていた。そういう意味では稲村氏は対抗馬ですらなかった。斎藤支援者たちは「議会」「既存政党」「マスコミ」といういわば”3大邪悪勢力”の象徴として稲村氏をとらえていた。

 かくして今回選挙では、従来型の権威の象徴である議会が知事に負け、政党・組織は民衆に負け、マスコミはSNSに負けたといえよう。

 5.街頭演説とSNSは車の両輪ーーアナログとデジタルのハイブリッド

 斎藤さんの街頭演説には史上空前の数の県民が集まった。あれは実質、議会に対する抗議デモだった。街頭演説の人数や画像はSNSでビジュアル拡散され、次の会場ではさらに多くの群衆が集まった。今回の主役はSNSだったと言う識者がいるが違う。主役は街頭演説(抗議デモ)だった。その集客と発信の装置がSNSだった。

 人々はTVをもはや信用しない。TVを見る代わりにYOUTUBEを見て、Xを見て街頭演説に行った。そこで多くの仲間を見て心の中で見知らぬ人たちと連帯を誓い、共感してエネルギーを得てその感動と写真をもとに周りの知人に斎藤支持を説いた。アナログの最たる行為である「行って群衆の一員となる」という行動がうねりを生み出し、SNSで拡散され、各地に飛び広がった。

 そういう意味では今回選挙はネット(デジタル)とリアル(アナログ)のハイブリッド戦だった。アナログは街頭演説や握手だけではない。斎藤事務所は青色に染まっていたが、あの青い紙は一枚一枚が支持者からの手書きコメントだった。

 突飛な例を出すが芸能界でもかつて同じような革命があった。AKB48である。その原点は秋葉原でのコンサートと握手会、つまりアナログだった。それがネットを通じて広がり、最後に彼らはTVを席巻した。斎藤氏も同じだ。アナログな街頭演説が原点だった。内容も平易で「やってきたこと」「やりたいこと」を語った。上から目線の政治プロの語りは皆無だった。街頭演説はまるでコンサートの合間に歌手が身の回りの日常を語るようだった。「最初はひとりぼっちでした」といった生の言葉が感動を呼んだ。まるでタレントとファンとの集いのような街頭演説だった。その様子がネットで拡散し、デジタルで増幅され大きな支援の波を作った。

 6,口コミの威力も大きかった

 県の人口に占める神戸など阪神間の都市部の比率は5割を切る。兵庫県は中国山地や日本海側もある広い県で典型的な田舎の町や村も多い。そこでは当然、組織票が強い。しかし親戚、縁者、同窓生などのつながりも濃い。人と人が顔を合わせ、電話やLINEで密につながる。そこではマスコミが報じない情報が口コミで伝わる。Xでは初期から「TVは正しくない。田舎の両親に真実を伝えよう」という書き込みがあった。支援者は高校生にも多くいて彼らはこう訴えた。「クラスメートに両親に真実を伝えよう」「西宮の街頭演説の写真をスマホを見せて祖父母や両親に信用してもらおう」と。ちなみに関西には「あんただけ、ここだけ、内緒やで」と店員が囁いて値引きするという逸話があるーーほんとに大事なことはテレビ、新聞、学校の先生は言わない。口コミこそ真実ーーという文化風土も影響しただろう。

 7.SNS戦略はボランタリーで暖かい空気のもとで展開した

 SNSの盛況ぶりはすさまじかった。Xでは選挙戦を兵庫県政の枠を超えた「日本の政治の転換点」「オールドメディアとの闘い」という視点でとらえる人が多かった。他府県からの参加も多かった。特に大阪府民は大阪都構想の住民投票で賛否真っ二つの選挙を経験してきた。疑似体験を目の前に「血が騒ぐ、他県のこととは思えない」という書き込みもあった。大阪は隣県だから親戚もいる。県境を越えた参加者が数多くいて斎藤支援者を励ましていた。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

 元稿:Yahoo!JAPANニュース 主要ニュース 社会 【話題・選挙・兵庫県知事選・担当:上山信一:慶應大学名誉教授、経営コンサルタント】  2024年12月27日  15:08:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【兵庫県】:斎藤前知事は、なぜ改革に反対する勢力の謀略に負けたのか?

2024-12-31 07:14:10 | 【22年改正公益通報者保護法・組織内部の通報が困難な時、報道機関等外部へ通報可】

【兵庫県】:斎藤前知事は、なぜ改革に反対する勢力の謀略に負けたのか?

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【兵庫県】:斎藤前知事は、なぜ改革に反対する勢力の謀略に負けたのか?

 古来、政治の世界では讒言(ざんげん)や冤罪(えんざい)がつきものだった。中国では紀元前3世紀の屈原が、わが国では菅原道真公が有名な例だろう。韓流ドラマなどでも財閥の総帥に対し部下がライバルの裏切りを密告する讒言の話がある。だがさすがに21世紀の法治国家では讒言や冤罪で権力の座を追われる例はあまりない。

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出典:Estonia Tool Box

 なぜなら、民主国家には根拠の不確かな讒言や密告を真に受け、部下を処罰や解任できる強力な独裁者はいない。また民主国家の政府には法律で情報公開が義務付けられ何事にもファクトやエビデンスが要求される。噂や密告を根拠に物事は動かせない。

 ところが昨今の兵庫県庁の文書事件(筆者は原文を読み、内容も文体も典型的な「怪文書」と確信した。よって以下「怪文書事件」とする)はそうでない。

兵庫県の告発文書「通報者さがし→処分」に問題はなかったのか? 弁護士は「違法の可能性は十分ある」と指摘斎藤元彦知事(公式ホームページより)

 兵庫県庁では、まるで平安王朝のように現役の知事に対する讒言や冤罪が白昼堂々と行われ、全国にテレビ中継され、燃え盛る世論を恐れた議会によって知事はその地位を追われた(不信任決議)。この不思議で奇怪な事件の背景には一部議員や彼らにつながる既得権益勢力、さらに職員やOBなどによる斎藤前知事が進める改革への強い反発があったと思われる。

 筆者は自治体の行政改革の顧問として、大阪府・市の維新改革で橋下氏・松井氏と、東京都庁改革で小池氏と、そのほか関氏(大阪市、2005年-07年)、嘉田氏(滋賀県)、大村氏(愛知県)、篠田氏(新潟市)、中田氏(横浜市)など多くの改革派首長と仕事をしてきた。兵庫県の斎藤前知事とは面識すらなく兵庫県庁と仕事をしたこともない。しかし改革を迫られた県庁組織や一部議員のすさまじい抵抗や様々な手口を各地で多々見てきた。ネタ欲しさに守旧派勢力に加担するマスコミの醜態も見てきた。そうした経験に照らし、筆者は本件は令和の讒言、冤罪事件ではないかと考える。

 自治体改革の現場では改革に反対する勢力が必ず出現する。怪文書や偽情報による内部通報(多くは讒言)、マスコミへのリーク、反対派議員によるいやがらせの議会質問やマスコミによるその流布拡大なども日常茶飯事である。自治体の地方政治の現場はまじめに市民に尽くす公務員集団の陰で利権をめぐって何でもあり権力闘争が渦巻く汚い世界である。私自身も改革派首長の側近で仕事をすると根拠のない誹謗中傷にあうことが多々ある。だが多くの場合、怪文書はメディアでは紹介されない。裏どり(事実確認のこと)なしに記者は記事にできず、怪文書は調べてみたらほとんどが嘘だからだ(嘘や噂でしかないと分かっているので書き手も怪文書の体裁をとる、一種の文学である)。だから通常は怪文書は一般には流布されずに終わる。ところが今回は県庁がたかが怪文書の出どころを調査した。考えてみれば、斎藤前知事の失敗はそこに始まる。そんなものは放置しておけばよかった。それをクソ真面目に探求した結果、窮鼠が猫を噛むような事態を招いてしまったのではないか。

 〇元局長の自死が事態を激変させた

 もちろん怪文書を公務員が匿名で書いて流布させる行為は不適切だ。しかし公務員は情報源のそばにいる。公務員が作成に関与したという噂はよそにもあった。だが県庁が怪文書の作成者を組織的に探索して処分までするというのは珍しい。たかが怪文書だからマスコミは紹介しないので実害がない。だから放置されるのが普通だ。ところが今回は県庁関係者以外の固有名詞があったため調査をしたという。その結果、作者がなんと公務員=元局長だと特定された。当該元局長は公用PCの私的利用のほか数々の不法行為をしていた。それらを理由に処分された。しかし処分された元局長は公益通報の訴えを行った。これは珍しい。そして原因は不明だが自死に至った。これも極めて異例である。出発点はごく普通の怪文書だった。その出来もあまりよくない。ところが今回は異例なことが3つ重なり、”たかが怪文書”が県議会やマスコミの耳目を集めた。

 さて議会には常に首長(知事や市町村長)に反対する勢力がいる。彼らからすると元局長の自死は知事の責任を追及する格好のチャンスである。「知事あるいは部下の激しい追求のせいで自死したのではないか」「公益通報制度の運用ミスがあったのではないか」など知事の責任を追及する。怪文書の内容も知事批判だった。「知事が自分を批判する部下を不当に扱ったのではないか」「普段から様々なパワハラやおねだりがあったのではないか」と反知事勢力からすると格好の批判材料が続出した。そして書いた本人は自死された。真相は不明なまま、知事への批判の仮説だけが膨らんでいった。

〇斎藤前知事は大規模な県庁改革を進めていた

 兵庫県の斎藤前知事は抵抗勢力と戦いながら、前例のない規模の県庁改革を進めていた。

 ①1000億円の庁舎建設問題

前知事時代に1000億円をかけて県庁庁舎を建て替える案ができていた。斎藤前知事はそれを見直し反故にした。期待していた建設業界や彼らの支援を受ける一部議員、さらに業界に天下る予定の職員にとっては迷惑な話だっただろう。

 ②天下り規制問題

また兵庫県庁では外郭団体の役員などに就く職員退職者の年齢を65歳までと内規で決めていた。それが従来は無視され慣習的に延長されていた。斎藤前知事は2021年にそれを正常化すべく56人の退職を求めた。これは制度の適正化だが、幹部職員や退職者からは猛烈な心理的反発を招いたに違いない。経過措置を講じれば退職職員もほかの行き先を探すなどの余裕が持てたはずだが一気に是正しようとした。

 ③大学無償化問題、港湾関係

 さらに斎藤前知事は県立大学の授業料無償化方針を打ち出したが、これは新たな財源を必要とする。そのねん出のために各種施設建設などを見直していた。これも建設需要をそぐ結果になる。抵抗を招いて当然だろう。さらに包括外部監査の報告に従って港湾関係の団体への資金の流し方も見直した。

 要するに斎藤前知事は今までの兵庫県ではあり得なかった規模の大改革を進めていた。個々の見直しの内容ややり方の是非は立場によって意見が違うだろう。だが必ずしも根回しを十分に行わなかった可能性があり、いささか拙速だった可能性がある。改革自体、そしてやり方について一部の議員や職員の不満が募っていったことは想像に難くない。それが元局長による怪文書、内部告発、さらに議会による百条委員会設置、知事の不信任決議と失職に至ったと考える。

 〇一部の県議会議員による謀略?--百条委員会の設置と公開審議

 さて、注目すべきは文書問題への県議会の対応だ。県議会は元局長が処分されると手回しよく県議会の調査特別委員会(百条委員会)を立ち上げ、なんと噂や伝聞の情報まで大量に集めた。しかもそれを精査や吟味、分析をすることもなく、速やかに丸ごとすべて公開した。これを見て私はすぐに「ああ、これは謀略だ。完全にプロの手口だ。マスコミを使って知事を辞めさせたい(政局)のだな」と感じた。

 〇「マスコミを使う」とはどういうことか?

 議員は議場で質問をするが、公開審議の場でありマスコミが取材する。また議会の議事録や委員会の資料は原則、公開されるのでマスコミにとっては大事な情報源である。そして議員もそれを意識して議会で発言をする。つまり議員はマスコミを利用しようと考える。もちろんマスコミも特定会派の主張に偏ることがないよう通常は注意深く取材をする。ところが今回、マスコミは容易に反知事派議員の主張に迎合同調してしまった。

 なぜか。

(1)マスコミは常に読者・視聴者にアピールする等身大の不祥事ネタを欲している(売り上げ、視聴率のため)

→元局長の自死、知事への抗議の姿勢は出発点で等身大の注目ネタだった。

→知事のパワハラ、おねだりの情報は権力者の等身大の不祥事で格好のネタである

(2)記者が自ら見つけた不祥事情報(ネタ)の場合には裏取り(ファクトとエビデンス)が必要だ。しかし公的機関である百条委員会が公開した内容であれば、たとえ匿名の伝聞情報であっても裏取りなしに報じても許される(公的機関が責任をもって発表したので仮に嘘の情報であってもマスコミの責任は免れる)。

→独自の取材の場合、知事から捏造と訴えられる可能性があるが、議会発のネタだから訴訟リスクは全くない。きわめて気楽に報道できる。

(3)民主主義国家の議会は情報公開を旨としている。マスコミは議会が設置した百条委員会が情報を公開する姿勢を求めている。百条委員会はいかなる内容でも情報を公開してマスコミから批判されることはないという”身の安全”が保障されている。

→マスコミと反知事派議員の間には暗黙の相互利益の認識があった。反知事派議員は情報公開の原則という建前を武器に知事を攻撃できる材料をせっせとマスコミに提供した。マスコミも売り上げ、視聴率を稼げるネタとしてどんどん報道した。

 〇議会が情報公開を濫用して未確認情報を拡散させる問題

 以上を合わせると反知事派の議員が百条委員会を使って合法的に知事の信用を失墜させる方法が見えてくる。すなわち、

(1)百条委員会が県職員にアンケートで知事の不適切行為について回答させるが、その際には噂や伝聞を含んでもよいとあらかじめ明記しておく

→実際集まった情報の大多数は実際に見聞した情報ではなく「噂」「伝聞」だった。

(2)集まった結果は百条委員会として内容を精査することなく、即座に丸ごとマスコミに提供する。

→アンケートの原文は丸ごとすぐにHPで公開された

→「実際の見聞」の項目に書かれた文章の中にも「と聞いた」という表現が出ていたがそれらの精査もなく実際の見聞の数としてカウントされた

→百条委員会は知事を称賛するコメントも知事の不適切行為を直接見聞した数とカウントし、それはそのまま報道された

(3)マスコミ各社は先を争って(特落ちしないように急いで)裏どりなしで、権威ある議会が公表した情報として知事の不祥事を大々的に報道する

という段取りで実現する。

 昨今のマスコミはスタッフが手薄である。よって裏どりなしで書けるネタを切望している。視聴者は議会発、政府初の情報を疑うことなく鵜吞みする傾向がある。百条委員会で今回の手口を仕掛けた議員はなかなかの策士であり剛腕である。政府に騙されやすい一般市民と人手不足のマスコミ記者の習性、議会の情報公開原則を熟知したあざとい手法を展開した。

 県庁の組織であれば公務員はこのような雑な資料のまとめ方や公表はしない。しかし百条委員会は県庁ではなく議会の機関だ。議員で設置を決め、調査のやり方や情報公開のやり方も自分たちで決める。倫理意識と訓練を経て仕事をする公務員の常識には縛られない。よって雑な情報を雑なまま(しかしおそらく意図的に雑なまま)公開した。以上から筆者は百条委員会は一部議員が主導する謀略の一環として設置され、謀略に従って知事を貶めるための未確認情報を大量にマスコミに提供したと考える。

 〇知事に対する冤罪と考える理由

 鳴り物入りで開かれた百条委員会だが、怪文書に記載された知事選での投票依頼、事業者からの物品受領、過度のパワハラなどの7項目はどれも真実だったと実証されていない。2人の県職員の自死と斎藤前知事の言動や判断との関連も全く不明である。公益通報の扱いについても、当初は典型的な匿名の怪文書の様式を備え外部に流布された。それが後に公益通報と位置づけが変えられたという経緯に照らせば、斎藤氏が直ちに知事を辞めなければならないほど深刻なミスを犯したとは言い難い(公益通報に変わった時点で調査は第三者に付すべきだったと筆者は考えるが)。

ならば百条委員会の目的は何だったのか。噂や伝聞を組織的に集め、議会の権威する文書であるかのように加工し、マスコミに報じさせ、知事の政治家としての信用を失墜させること、その一点にあったのではないか。

 ○斎藤前知事はどこで間違えたのか

 筆者は、斎藤氏の県政改革への信念や方向性は明確だし、多くの一般県民の賛同が得られるものだったと思う。知事は兵庫県が他府県よりも厳しい財政事情にあることを知り、出費を抜本的に見直していた。一方で若年層の支援など重点施策には予算を付けた。庁舎建て替えの見直し、県立大学の無償化、高校の設備改善、天下りの見直し、港湾事業の透明化などの改革方針は、おおよそ時代の流れに沿った合理的なものと思われる。

 だが当然、既得権益を失う人たちが出てくる。そして抵抗勢力は反対する。斎藤前知事自身もコロナ禍が終息して一気に展開するやり方で抵抗が増した可能性に言及していた。本来は、利害関係者の意見を広く収集し、丁寧なハンドリングをした上で実行すべきところが拙速に過ぎた可能性がある。

 私の見聞では、改革派の首長は通常は1期目は地ならしに徹し、あまり大きな改革には手を付けない。そして2期目の選挙の公約で大玉のテーマ(例えば大阪市の場合の地下鉄民営化など)を掲げる。そして「選挙で市民の理解を得た」というお墨付きの元で本格改革に着手する。しかも、対立する勢力ともよく対話をする(最後は世論の支持をバックに押し切るのだが)。これが常道だ。しかし斎藤前知事は一期目で一気に事を進めた。また、利害関係者とのコミュニケーションが足りなかったのではないか。

 百条委員会が行った職員アンケートの回答内容はほとんどが伝聞、噂だったが、回答率自体は高かった。斎藤氏には若干のパワハラ的傾向があり、周りの職員とぎくしゃくしていたのかもしれない。そうした仕事のやりにくさや不満は、将来の改革に対する不安感(庁舎の建て替え問題と相まって)とセットで知事とは直接接点を持たない職員にも伝わっていた可能性がある。 

 以上を総合すると、斎藤前知事は、まじめな改革派知事だった。しかし反対派へのコミュニケーションが足りず、必要以上の反発を招いたのではないか。またもしかしたら若干のパワハラ傾向があった可能性がある。加えて、無視し放置しておけばよい例の怪文書に着目し、書き手を探して処分した。その結果墓穴を掘ってしまった。

 改革は中身がよくてもやり方を間違えると失敗する。斎藤前知事が出直し選挙で勝てば、雨降って地が固まり改革は加速するかもしれないが議会との膠着が続くだけかもしれない。負ければ次の知事は混乱の是正と称し過去の県政に戻すだろう。だとしたら県政は堂々と改革を否定し、過去に逆戻りする。その場合、斎藤氏は皮肉なことに結果として改革を阻害した知事になるだけかもしれない。

 〇前知事の出直し選挙への出馬は正当

 斎藤氏は議会の不信任決議にもかかわらず次期知事選に出る見込みである。これについては筆者は賛成である。

 百条委員会の途中で議会は不信任案を決議したが、百条委員会の調査も第三者機関の調査も終わっていない。県政の停滞や混乱をこれ以上、放置できないから不信任という理屈はわかるが前知事は釈然としない。真相究明の途中での不信任決議というのは、裁判で証拠不十分のまま判決を出すようなものだからだ。

 だから斎藤前知事が出直し選挙に出馬し、県民から禊(みそ)ぎを受けたいと考えるのは当然だろう。しかも百条委員会では不祥事の審議が焦点であり、知事がどういう改革を目指し、なぜそれが議会や職員、特に退職者からの反発を招いたかなどを説明する機会はなかった(辞職した副知事は少し試みていた。庁内に「クーデター」を考える勢力がいた等の発言があった)。選挙戦を通じて改革の意図を説明したいだろう。

 〇選挙戦での釈明と改革のアピール

 失職後の選挙戦では、前知事とはいえ、一個人として自由に発言できる。すべての候補者の主張をマスコミ各社も平等で扱うし、前知事の発言は注目を集める。兵庫県がどういう状態にあるのか、なぜ改革が必要か、どういう改革をしようとするのか、それがいかに重要か、など十二分にアピールできるだろう。

 また前知事の改革の一覧を選挙の争点に掲げると他の候補者も賛否の意見表示をせざるを得なくなる。今回の知事選挙は、前知事が出馬するだけで当初進めていた改革は頓挫しにくくなるだろう。また抵抗勢力の存在も県民に伝わるだろう。彼が選挙に出馬するというよりも「改革」が選挙で争点になればよい。斎藤前知事が不信任になったにもかかわらず出馬するというだけで関心は高まる。選挙の争点が政策や改革に集まれば選挙のレベルは上がる。県民全体にとってはメリットがある。

 〇最後に残る謎

 今回は知事を失脚させようとする勢力の動き(手口)を私なりの視点から推理してみた。推理を裏付けるファクトやエビデンスは・・ない。だが筆者は多数の自治体でこれに似た見聞をしてきた。その経験に基づく推論を述べれば上記になった。百条委員会やマスコミの報じ方に対し何らかの違和感を覚える方の参考となれば幸いである。

 しかし、最後にどうしても残る謎は元局長の動機である。

 疑問①そもそも局長の地位にまで上った幹部職員がなぜ怪文書(しかも噂を集めただけで決定的事実を書いていない)を作成して流布させたのか?

 疑問②百条委員会で意見を述べるとされていたのになぜ自死されたのか?

 疑問③百条委員会では元局長が公用PCに残したプライベートな文書を公開させる動きがあった。副知事の証言では公開されると困るような内容だったとのことだがそれと自死のつながりはあるのか?

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

 元稿:Yahoo!JAPANニュース 主要ニュース 社会 【話題・地方自治体・兵庫県・昨今の兵庫県庁の文書事件(筆者は原文を読み、内容も文体も典型的な「怪文書」と確信した。よって以下「怪文書事件」とする)・担当:上山信一:慶應大学名誉教授、経営コンサルタント】  2024年10月20日  12:18:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【社説・12.31】:能登半島地震1年 未来の自分ごとと捉えよう

2024-12-31 07:00:50 | 【災害・地震・津波・台風・竜巻・噴火・落雷・豪雪・大雪・暴風・土石流・気象状況】

【社説・12.31】:能登半島地震1年 未来の自分ごとと捉えよう

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説・12.31】:能登半島地震1年 未来の自分ごとと捉えよう 

 元日のだんらんを襲った能登半島地震からあすで1年になる。多くの難題が突き付けられ、過去の災害で得た教訓を生かせているのか、疑問が山積みのまま年を越す。

 発災直後には30年前の阪神大震災と同じように、民家の1階が押しつぶされた光景が広がった。耐震化率は低く、避難者は石川県内で最大3万人を超え、住宅の被害は10万4千棟近くに上った。

 主な道路が寸断し、半島のあちこちで孤立した集落への救援は遅れに遅れた。漁港のある海岸が隆起し、9月には豪雨が襲った。自治体が復興まちづくり計画を事前に作成していなかったことも響き、住宅やなりわいの再建に向けたスピードは遅い。

 過疎高齢化の地である。深刻なのは500人を超えた死者のうち、半数以上が災害関連死だった点だ。多くは高齢者で、さらに200人超の認定申請が出ているという。人口流出も加速した。どれほどの想像力で国として備えてきたのかが問われている。

 今、何より急がれるのは被災者の住まいの確保だ。県が地震の被災者向けに整備した仮設住宅は今月、10市町で計6882戸が完成した。ただ入居してほっとできたのもつかの間、原則2年間と期限がある。不安がる声が聞かれるのは当然ではないか。

 自宅再建にしても現状は倒壊した建物が多く残り、がれきの撤去もままならない。とりわけ高齢者は「ついのすみか」として災害公営住宅を考える人が多いだろう。6市町は2025年度に整備を本格化させる。被災者の気持ちのよりどころになるよう、より明確に計画を示し、国は柔軟にサポートを続けるべきだ。

 中国地方に住む私たちも、各自治体も、能登の1年は未来の自分ごとであるとの自覚が必要だろう。復旧復興に心を寄せつつ、課題を直視して備えなければならない。

 命を守るという防災の原点にいま一度、立ち返りたい。能登の災害対応を検証した有識者会議は11月にまとめた報告書で、これまでの知見を生かした被災者支援の強化を提言した。

 関連死を防ぐ対策は、東日本大震災をはじめとして被災地や支援者が繰り返し発信してきた。避難所でのトイレや食事、就寝場所といった環境の改善に、ようやく国が動き始める。併せて避難そのものの在り方も、生活環境を十分に整えられないケースでは被災地を一時離れる広域避難の仕組みを整えるなど、突っ込んで検討すべきだ。

 人口減少社会での防災へと、発想を転換させる時である。能登での断水を受けた対策は、地域によっては効率を優先した上水道施設の耐震補強よりも、集落などの単位で運営する自律分散型の水道システムに切り替えた方が持続可能になる。災害対応のマンパワーは被災自治体だけでは限界がある。自治体の広域連携や、民間やボランティアとの協働を軸に据えるべきだ。

 国は防災庁の設置を急ぐ前に、災害対策を抜本的に組み立て直すことこそ必要だ。巨大地震まで、そう遠くない。

 元稿:中國新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2024年12月31日  07:00:00  これは参考資料です。転載等は、各自で判断下さい。

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【天風録・12.31】:カーターさんと鐘

2024-12-31 07:00:40 | 【訃報・告別式・通夜・お別れの会・病死・事故死・災害死・被害による死他】

【天風録・12.31】:カーターさんと鐘

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【天風録・12.31】:カーターさんと鐘

 年越しそばが並んだ広島市中区本通の土産物店「ひろしま夢ぷらざ」で見つけた。広島県三次市甲奴町特産の「カーターピーナッツ」。包装袋の真ん中に貼った星条旗と日の丸のシールが誇らしげだ

 ▲種は23年前、米ジョージア州でピーナツ農園を営む政治家から譲り受けた。かつて大統領の座にあったジミー・カーターさんである。甲奴町には以後、その名前を付けた生涯学習拠点や通り、野球場までできた。今で言う地域活性化の先駆けだろう

 ▲弾みをつけたのがカーターさんのノーベル平和賞受賞である。紛争の平和的解決に力を傾け、長年いがみ合うエジプトとイスラエルの和平に道を開いた。人道支援にも尽くした人生のページをおととい閉じた。100歳だった

 ▲甲奴町とは、釣り鐘が取り持つ縁である。町内の寺から戦時供出の憂き目に遭い、なぜかジョージア州に渡っていた。カーターさんも警鐘を鳴らし続けた。「力による平和」を危ぶみ、足を運んだ中東で今戦火が広がり、北朝鮮もきなくささを増す

 ▲<一年のこだまとなりて除夜の鐘>児玉三枝。以前の中国俳壇から引いた。内外の情勢に心のざわついた一年。こよい、百八の鐘にどんな思いが浮かぶか。

 元稿:中國新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【天風録】  2024年12月31日  07:00:00  これは参考資料です。転載等は、各自で判断下さい。

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【社説・12.30】:やまない戦火 国際調停の仕組み再考を

2024-12-31 07:00:30 | 【外交・外務省・国際情勢・地政学・国連・安保理・ICC・サミット(G20、】

【社説・12.30】:やまない戦火 国際調停の仕組み再考を

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説・12.30】:やまない戦火 国際調停の仕組み再考を 

 世界の戦火がやまず、複雑化した一年となった。英国のシンクタンク、国際戦略研究所によると、6月までの1年間に世界の武力紛争による死者は19万2776人と前年同期より37%増えた。パレスチナ自治区ガザでの戦闘やウクライナ戦争、スーダン内戦などが押し上げた。

 イスラエル軍の攻撃を受けるガザの死者は、大半が女性と子どもだ。国際人道法の軽視も甚だしい。罪のない犠牲者が日々増える現状を、何とか変えていかねばならない。

 ロシアのウクライナ侵攻は2月に3年目に入った。今も膠着(こうちゃく)状態が続く。今年は北朝鮮がロシア軍に12千人を派兵した。東アジアの国が事実上参戦したことになる。

 今月25日には、カザフスタン西部でアゼルバイジャンの旅客機が墜落した。周辺でウクライナ軍の無人機攻撃があり、ロシア軍の防空システムが反撃していたという。無人機と誤認して旅客機を攻撃したとみられる。戦争が長引くにつれ、周辺国が思わぬ形で被害を受けるのは恐ろしい。

 中東では、イスラエル軍がガザでの戦闘を続ける構えだ。イスラエル軍は今月26日、イエメンの親イラン武装組織フーシ派が掌握する首都サヌアの国際空港や西部の港を空爆した。イスラエルはイランとも報復し合っている。

 戦火の広がりと長期化は、国際的なパワーバランスを崩し、世界を不安定にする。シリアでアサド大統領の政権が崩壊した背景には、アサド氏の後ろ盾だったロシアやイランの疲弊があるとされる。

 世界でリスクが高まるのに国連の安全保障理事会は無力だ。2022年以降、ウクライナ侵攻でロシアを非難する決議案にはロシアが拒否権を行使。ガザ情勢ではイスラエルを擁護する米国が、無条件での即時停戦を求める決議案などに拒否権を使ってきた。常任理事国の米ロが激しく非難し合う状況は看過し難い。

 国連が各地の戦闘を終わらせる役割を果たせていない。グテレス事務総長は2月の記者会見で「これほど大規模な悲しみを目にしても自分には止める力がない」と悔しさをにじませた。「機能不全に陥っており、改革が必要だ」と強調した。

 来年1月、トランプ氏の米大統領復帰が、事態が動くきっかけになるかもしれないが、新たな火種にもなりかねない。トランプ氏はウクライナ紛争を就任前に終わらせると豪語し、ガザを巡る戦闘の早期終結も掲げてきた。

 ただ、具体的な道筋は示していない。トランプ氏は米国の損得を重視するのが基本姿勢であり、その決断が国際規範や社会正義にかなうものか、よく見る必要がある。

 そもそも先進7カ国(G7)だけで世界の関心事を決められる時代ではなくなった。グローバルサウス諸国も経済や人口の規模で無視できない存在になっている。

 紛争を調停し、和平を図る国際システムの在り方を再考すべき時期が来ているのではないか。戦後、平和主義を掲げてきた日本は、その議論をリードするべきである。

 元稿:中國新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2024年12月30日  07:00:00  これは参考資料です。転載等は、各自で判断下さい。

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【天風録・12.30】:感染症警報

2024-12-31 07:00:20 | 【感染症(1類~5類)・新型コロナ・エボラ・食中毒・鳥インフル・豚コレラ】

【天風録・12.30】:感染症警報

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【天風録・12.30】:感染症警報

 バスや電車に乗ると、マスク姿の人が最近増えたのを実感する。うつしたり、うつされたりといった感染症のリスクを減らす、新型コロナ禍で日常化していた習慣が戻ってきたようだ

 ▲それもそのはず、インフルエンザが猛威を振るい始めたからだ。定点の医療機関から報告された最新の患者数が、中国5県をはじめ全国36都道府県で警報レベルを上回った。前の週の2倍を超す急激な増加で、この時期としては、過去10年で最多に

 ▲新型コロナの感染症法上の扱いが5類に引き下げられて1年半。マスクや手洗い、うがいといった基本的な予防策がいつの間にか忘れられたのか。それとも、コロナ禍の間は大きな流行が起きなかったインフルに対して、免疫を持つ人が少なくなったせいか

 ▲インフル流行の陰で今、新型コロナの患者も増えている。発熱し、せきが長引くというマイコプラズマ肺炎も気がかりだ。11月に過去最多となって以降、高水準で患者が出ている。トリプルパンチといった感じだろう

 ▲年末年始の帰省ラッシュが本格化している。予防の基本技を思い出して、感染ではなく、笑顔を広げるように心がけたい。とりわけ古里で会う家族や友人たちには。

 元稿:中國新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【天風録】  2024年12月30日  07:00:00  これは参考資料です。転載等は、各自で判断下さい。

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【社説①・12.31】:能登地震1年 復興元年へ支え続けよう

2024-12-31 06:05:50 | 【災害・地震・津波・台風・竜巻・噴火・落雷・豪雪・大雪・暴風・土石流・気象状況】

【社説①・12.31】:能登地震1年 復興元年へ支え続けよう

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・12.31】:能登地震1年 復興元年へ支え続けよう 

 ミシミシという嫌な音を立てる家屋の揺れに眠りを奪われた。

 おととい未明、石川県能登町で震度1の地震が起きた。松永鎌矢(けんや)さん(35)は寝床で、大きな揺れがさらに来るのではと身構えた。

 能登地方は今なお不安と隣り合わせだ。息長く寄り添っていかなければと改めて実感したという。

 松永さんは被災地支援に取り組む大分県日田市のNPO法人リエラの代表理事だ。今年は半分以上能登にいた。拠点として借りた古い民家で年末年始も過ごす。

 元日のだんらんを襲った能登半島地震からあすで1年となる。推定マグニチュード(M)7・6の地震が能登を揺さぶったのは1月1日午後4時過ぎだった。

 石川、新潟、富山3県で500人以上が亡くなった。大火災や津波に見舞われ石川だけで住宅被害は10万棟を超えた。さらに石川は9月の豪雨で二重被災してインフラ復旧も進まず、過去の災害と比べても復興の歩みは遅い。まだ200人以上が公民館などでの避難生活を強いられている。

 物資の提供や炊き出し、ボランティアの調整などリエラの活動は多岐にわたる。毎年のように豪雨災害に見舞われる日田市も各地から支援を受けてきた。「恩送り」と松永さんは言う。受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の誰かに届ける。災害大国だからこそ、この輪をさらに広げよう。

 ■なぜ教訓生かされぬ

 松永さんは震災から2日後に能登に入った。仕切りもない避難所で多くが雑魚寝をしていた。高齢化が進む厳冬地域だ。劣悪な避難環境による災害関連死の多発を懸念し、それは現実になった。

 石川県の関連死は270人に上り建物倒壊などによる直接死を上回る。200人超が審査待ちで、さらに増える見通しだ。

 政府の有識者会議は11月、能登半島地震を踏まえた今後の災害対応として、避難生活の質向上を提唱した。その必要性や内容は何度も指摘されてきたことだ。

 なぜ教訓は生かされないのか。自然災害はある地域にたまにしか起きないと見なされ、被災者支援の準備は政治や行政にとって優先順位が低かったからではないか。関連死の多くは人災と言わざるを得ない。

 政府は災害時の国際基準に沿ったトイレ、キッチン、ベッドなどを配備する官民連携の体制構築を急ぐ。避難所運営を担う市町村だけに任せれば予算や人員の規模によって格差が生じる。国の責任で体制を整える必要がある。

 来年は阪神大震災から30年の節目でもある。災害への国民の意識を高め、南海トラフ巨大地震、首都直下地震などへの備えを本格化させなければならない。

 ■何度でもはい上がる

 地震と豪雨で多くの集落が崩壊した。故郷を追われた人たちは仮設住宅や県外に身を寄せる。

 石川県は単に元の姿に戻すのではない「創造的復興」を掲げる。住民や帰郷を願う人の意見を反映させる必要がある。過疎地の切り捨てになってはならない。

 輪島市内で1961年に創業した「もとやスーパー」は11月末、本格的に営業を再開した。リエラの松永さんも応援してきた。

 地震後も営業を続けたが豪雨で店は壊れた。本谷一知社長(47)は言う。「豪雨で心が折れそうになりました。でも何度でもはい上がる、ここで店の灯をともし続け地域再生の中心になることが、地元や応援してくれた人たちへの責任の取り方だと思ったのです」

 寄付を募り、ボランティアらが利用できる宿泊施設も備えた復興拠点の整備を目指している。

 被災地には新年を祝うことをためらう空気も漂う。本谷さんは松永さんの提案であすの元日、スーパーで餅つきを企画している。こんな時だからこそ「来年を復興元年に」との決意を込めたい。被災地に共通した思いだろう。

 ボランティアで現地に行く、義援金や物資を送る、観光に行く、物産や工芸品を買う。できることはたくさんある。九州からも能登を支え続けたい。

 元稿:西日本新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2024年12月31日  06:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【社説①・12.30】:危険な冬の浴室 急激な温度変化に注意を

2024-12-31 06:05:40 | 【不慮の事故・自動車事故・予期せず、意図せず、発生する惨事、火災他】

【社説①・12.30】:危険な冬の浴室 急激な温度変化に注意を

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・12.30】:危険な冬の浴室 急激な温度変化に注意を

 心身ともにリフレッシュできる浴室は、危険な場所でもある。思いがけない事故で亡くなる人もいる。

 朝晩の寒さがつらいこの季節は、急激な温度変化で血圧が上下し、体に深刻な影響を与えるヒートショックに気をつけたい。

 暖かい部屋から急に寒い脱衣所や浴室へ行くと、血管が収縮して血圧が上昇する。体が冷えたまま熱い湯に漬かると、今度は血管が急拡張して血圧が下がる。

 短時間での血圧変動は心臓に負担がかかり、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こす。

 長風呂を好む人も多いだろう。あまり長く漬かり過ぎると体温が上昇し、意識障害や熱中症になる恐れがあることを知っておきたい。

 高血圧や動脈硬化のある人は留意してほしい。熱過ぎる湯も体へのダメージが大きいので、湯温はほどほどにして楽しむことが肝要だ。

 高齢者が入浴するときは、家族や周囲の人たちが注意しておきたい。

 厚生労働省によると高齢者の不慮の事故で、死因が浴槽での「溺死および溺水」だったのは、昨年が約6500人だった。多くは家や居住施設の浴槽で亡くなっている。

 12月と1月が多いのは、急な血圧変動や体温上昇を起こしやすいからだ。

 交通事故の死者約2100人と比べると、高齢者にとっての浴室は道路の何倍も危険な場所と言えそうだ。

 床が滑りやすいので、転倒すると大けがにつながる。寒さで筋肉が硬直すると転びやすいそうだ。

 湯船に漬かったまま眠っているうちに湯が冷め、体温が急激に低下して救急搬送された事例もある。眠ってしまうと溺れる危険性も高まる。

 心配なのは高齢者ばかりではない。「入浴中に起きた不慮の事故」で亡くなった俳優で歌手の中山美穂さんは50代だった。浴槽での事故は誰にでも起こり得る。

 消費者庁などが望ましい入浴法を紹介している。

 (1)温度差を減らすため、脱衣所や浴室を前もって暖める(2)入浴前、入浴中に水分を補給する(3)湯温は41度以下で、湯に漬かる時間は10分まで(4)浴槽内で意識がもうろうとしたら、気を失う前に湯を抜く-などだ。普段の入浴を思い浮かべ、参考にしよう。

 浴室に暖房設備がない場合は、シャワーで浴槽に湯を入れたり、湯が沸いたところで浴槽をよくかき混ぜたりすると蒸気で暖められる。浴室の扉を開けておけば脱衣所の温度を上げることも可能だ。

 電気代やガス代がもったいないと考える人がいるかもしれない。熱中症予防でエアコンを使うことと大きな違いはない。

 家族や親類が集まる年末年始に浴室、脱衣所を点検し、不慮の事故を防ぐ対策を確認してみてはどうだろう。自身や家族、身近な人の命を守るためである。

 元稿:西日本新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2024年12月30日  06:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【社説①・12.31】:国内/「安定」が大きく揺らいだ

2024-12-31 06:00:50 | 【社説・解説・論説・コラム・連載】

【社説①・12.31】:国内/「安定」が大きく揺らいだ

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・12.31】:国内/「安定」が大きく揺らいだ

 さまざまな分野の「安定」が大きく揺らいだ1年だった。

 元日の能登半島地震は、日本列島が活断層の巣であることを想起させた。8月には南海トラフ地震の臨時情報が初めて発表され、防災・減災対策の重要性を再認識した。

 能登は記録的豪雨にも見舞われた。酷暑や大雨が各地で続き、農作物の不作が目立った。前年の猛暑は「令和の米騒動」も引き起こした。気候変動が暮らしの安定をも脅かしつつある。

 政治も安定には程遠い。自民党は裏金問題で国民が納得できる改善策を示せず、岸田文雄前首相は退陣した。後任の石破茂首相は衆院解散・総選挙を断行したが大敗し、30年ぶりの少数与党政権となった。与野党伯仲の国会で熟議を重ね政策を練り上げられるか、注視したい。

 民主主義の根幹である選挙の在り方も揺らいだ。4月の衆院補選では他候補の街頭演説を妨害するなど公選法違反事件が摘発され、7月の東京都知事選では選挙掲示板の掲示枠を売買する行為や品位を欠くポスターの掲示などが問題になった。

 告発文書問題を受けた11月の兵庫県知事選では、交流サイト(SNS)が有権者の投票行動に影響した。SNSや動画を用いた誹謗(ひぼう)中傷や真偽不明の情報拡散が問題視された。選挙の公平・公正の確保へ、公選法の見直しも検討する必要がある。

 国民の不安を高めたのは「闇バイト」が絡む高齢者宅への強盗事件の多発だ。SNS上の募集に応じた実行犯が逮捕されても、計画を主導する主犯格を摘発し組織的な背景を解明しない限り根絶できない。徹底捜査が求められる。

 一方、社会の安定を守る検察や警察の威信も揺らいだ。

 58年前の強盗殺人事件で死刑判決が確定した袴田巌さんの再審公判で無罪を言い渡した裁判所は、強引な捜査を批判し証拠捏造(ねつぞう)と断じた。38年前の殺人事件で服役した前川彰司さんの再審でも、裁判長は捜査の不正を指摘した。信頼回復へ組織体質を抜本的に改めねばならない。

 阪神・淡路大震災の発生から30年が目前に迫る。来年は戦後80年の節目でもある。災禍で失われた命を悼み、社会の安心と安定を築き直す年にと願う。

 元稿:神戸新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2024年12月31日  06:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【社説②・12.31】:国際/紛争と社会の分断広がる

2024-12-31 06:00:40 | 【外交・外務省・国際情勢・地政学・国連・安保理・ICC・サミット(G20、】

【社説②・12.31】:国際/紛争と社会の分断広がる

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説②・12.31】:国際/紛争と社会の分断広がる

 戦争や紛争が拡大し、世界情勢に大きな影響を及ぼす国や地域で選挙が相次いだ。民主主義のもろさが露呈した1年でもあった。

 11月の米大統領選でトランプ氏が復活を果たした。来年1月に就任する。関税などを武器に「自国第一」を推し進める姿勢を鮮明にしている。ロシアでは2020年の憲法改正で大統領の多選制限が骨抜きにされ、今年3月の大統領選でプーチン氏が5度目の当選を決めた。

 ロシアによるウクライナ侵攻は3年目に入った。北朝鮮がロシアに派兵するなど、アジアの不安定化にもつながりかねない事態だ。イスラエルはパレスチナ自治区ガザへの攻撃をいまだに止めない。停戦と平和への道筋をどうつけるのか、日本を含む国際社会が向き合うべき大きな課題である。

 長引くインフレや経済格差の拡大、移民増加への不満などを背景に、内向き志向が広がり、社会の分断が深刻化した。

 6月の欧州議会の選挙、続く7月のフランスの総選挙では、反移民を掲げる極右や右派が勢力を伸ばした。米大統領選の最中にはトランプ氏が銃撃を受けた。民主主義国のリーダーを自任してきた国で起きた政治家の暗殺未遂事件は、世界に衝撃と深い懸念を与えた。

 12月に入って欧州政治の混迷が深まった。ドイツで首相の信任案が否決され、来年2月に19年ぶりの解散総選挙が実施される。フランスでは62年ぶりの内閣不信任で総辞職した。欧州のウクライナ支援に影響を及ぼす可能性がある。

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領は「民主主義を守る」との名目で戒厳令を出し、民主主義を破壊しようとした。国会は弾劾訴追案を可決したが、尹氏は徹底抗戦の構えを見せる。混乱は長引きそうだ。今後、米国と中国の対立激化も予想される。日米韓の連携維持に、日本は一層の外交努力を重ねる必要がある。

 ノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会に贈られた。世界各地に戦闘が拡散し、核使用が公然と語られる中、「核なき世界」の実現に向けた行動を促すメッセージである。唯一の戦争被爆国である日本こそが、その先頭に立たねばならない。

 元稿:神戸新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2024年12月31日  06:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【社説①・12.30】:感染症同時流行/冬休みは基本対策徹底を

2024-12-31 06:00:30 | 【感染症(1類~5類)・新型コロナ・エボラ・食中毒・鳥インフル・豚コレラ】

【社説①・12.30】:感染症同時流行/冬休みは基本対策徹底を

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・12.30】:感染症同時流行/冬休みは基本対策徹底を

 インフルエンザの流行が急激に拡大している。兵庫県内の定点医療機関1カ所当たりの16~22日の患者数は平均46・65人に上り、警報レベルの基準値(30人)を大きく超えた。県内17保健所のうち14の管内は警報レベルだ。患者は15歳未満が約7割を占め、社会福祉施設での集団発生も相次いでいる。

 症状は高熱や頭痛、倦怠(けんたい)感に加え、強い吐き気を訴える患者が多く、重症化するケースも目立つ。昨季を上回る流行拡大の要因として、新型コロナウイルス禍で定着した感染対策の基本動作が新型コロナの5類移行でゆるんだことが挙げられる。いま一度、基本的な対策を日常生活で徹底することが重要になる。

 一方、新型コロナウイルスの感染も要警戒だ。県内の定点当たり患者数は3・35人で前週の1・44倍となり、各世代がまんべんなく感染している。変異株の主流は「KP・3」から「XEC」に置き換わりつつあり、高齢者や持病のある人は注意する必要がある。

 発熱や長引くせきが特徴の「マイコプラズマ肺炎」も若者を中心に過去最多のペースで報告され、今冬は三つの流行が重なる「トリプルデミック」が危惧される。近年は新型コロナ対策でさまざまな感染症の流行が抑制され、免疫力が弱まっている前提で対応を考えるべきだ。

 感染症の同時流行により、せき止めや解熱剤など身近な薬が不足しかねない。いざというときのために市販薬を備えておくのは有効だが、最低限必要な量だけ購入するよう心がけたい。特に子どもや妊婦が使える薬は限られ、不足すると代替薬の入手が難しい。薬剤師などに相談し、冷静に行動することが重要だ。

 三つの感染症を予防するための基本動作は変わらない。マスクの着用や手指の消毒、適度な換気などである。新型コロナとインフルエンザは65歳以上と持病のある人がワクチンの定期接種の対象となっており、利用すれば重症化を防ぐ効果が見込まれる。かかりつけ医に相談してメリットとデメリットを見極め、接種の可否を判断してほしい。

 年末年始は9連休を予定する職場が多く、帰省や旅行での混雑が予測される。医療機関の態勢が手薄になる時期だけに、重症化リスクの高い家族を守る行動が求められる。

 冬場は温度差によるヒートショックや脳卒中などで救急患者が増える時期だ。加えて感染症の患者も殺到すると救急医療が逼迫(ひっぱく)する恐れがある。重症化の兆候があればためらわず救急車を呼ぶべきだが、不要不急の利用は避けなければならない。迷ったら、市町が開設する救急相談ダイヤルに電話するのも一法だ。

 元稿:神戸新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】  2024年12月30日  06:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【考察】:「優遇される高齢者」の論調 世代間対立で隠れる「危機」とは

2024-12-31 05:30:50 | 【超高齢化・過疎・孤立・認知症・サ高住問題・人口急減・消滅可能性自治体】

【考察】:「優遇される高齢者」の論調 世代間対立で隠れる「危機」とは

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【考察】:「優遇される高齢者」の論調 世代間対立で隠れる「危機」とは 

 高齢者は優遇されている。

 近ごろ強まるそんな論調について、専門家は「世代間対立の先には危機が待っている」と警告する。【太田敦子】

祖父母から小遣いをもらった孫の思わぬ言葉に周囲が困惑する様子を描いた漫画の一コマ=「わたしの証拠」©カレー沢薫/小学館「ビッグコミックオリジナル」

祖父母から小遣いをもらった孫の思わぬ言葉に周囲が困惑する様子を描いた漫画の一コマ=「わたしの証拠」©カレー沢薫/小学館「ビッグコミックオリジナル」

 「これって年金から出してるんだよね。年金もらえるのは今働いてる人やこれから働く人のおかげでしょ? だったらお礼言う必要なくない?」

 里帰りした息子家族。

 小遣いをもらったことについて、礼を言うように親から促された孫は祖父母に、こう告げて周囲を困惑させた。

 「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で連載中の「わたしの証拠」(カレー沢薫作)の一コマだ。

 「高齢者は優遇されている」との考え方が目立つようになった社会情勢が描かれている。

 <主な内容>
 ・手取り20万がバッシング
 ・分断生む「子育て」
 ・あおられる憎悪の末に

 2024年の衆院選、若者ら現役世代の支援を前面に打ち出した国民民主党、れいわ新選組が議席を増やした。

 「ブラックバイト」の名付け親で、若者の貧困問題に詳しい武蔵大の大内裕和教授(教育社会学)は「若い人の貧困は深刻で、放置できない。そんな状況が明らかになったのはいいことです」とした上で、懸念も示す。

 「貧困から抜け出す方法として『手取り増』が掲げられました。税金や社会保険料の負担は重い。であれば、高齢者の社会保障を削ればいい。こうした考え方が目立つようになり、深刻な事態が見逃されています」

 ◆「集団自決」「尊厳死」

 「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」

 23年、経済学者の成田悠輔さんによるこの過去の発言が物議を醸した。

 24年の衆院選では、国民民主の玉木雄一郎代表(役職停止中)が党首討論会で、「社会保険料を引き下げるために、我々は高齢者医療、特に終末期医療の見直しにも踏み込んだ。尊厳死の法制化も含めて」と発言した。

 尊厳死を財政と結びつけたとして、批判が殺到。すぐに、自身のX(ツイッター)で「医療費削減のためではない。雑な説明になった」と釈明した。

 公示前から議席が4倍となった国民民主。

 その要因の一つとして、大内教授は世代間格差を強調するような発言が有権者に響いたと分析し、こう続ける。

 「日本維新の会も、ちょっと前までは矛先を公務員に向けていたが、近年その対象が高齢者に移行しています」

 手取りが月20万円に満たない、結婚や出産の費用がまかなえない……。

 大内教授は「こうした若者が相当数います」と指摘する。

 公的年金や生活保護の制度は半世紀以上前からあるものの、若者からすれば、受給者が「恵まれた存在」に映る。

 だから、厚生年金を含めて月20万円の手取りがある高齢夫婦はバッシングの対象になるという。

 ◆「所得再分配」の機能が低下

 ただ、日本全体が貧困化しているわけではない。

 貯金や株式などの金融資産から借金を除いた「純金融資産」が1億円以上は富裕層とされる。

 野村総合研究所の推計では、この層が安倍晋三政権下の経済政策「アベノミクス」が始まった13年以降、増え続けている。

 大内教授が問題の根…、

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 元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【考察】  2024年12月31日  05:30:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【能登半島地震】:食い違う海底活断層の被害想定 自治体アンケートで見えた「弊害」

2024-12-31 05:30:40 | 【災害・地震・津波・台風・竜巻・噴火・落雷・豪雪・大雪・暴風・土石流・気象状況】

【能登半島地震】:食い違う海底活断層の被害想定 自治体アンケートで見えた「弊害」

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【能登半島地震】:食い違う海底活断層の被害想定 自治体アンケートで見えた「弊害」

 能登半島地震の震源として、最大震度7の大地震と津波を引き起こした日本海の海底活断層。その想定に、自治体によって食い違いがあることが明らかになった。背景に何があるのか。

 「津波だけ起こることはありえない。地震についても想定すべきだと、石川県の会議で繰り返し申し入れてきた」。地域防災計画を作る石川県防災会議・震災対策部会で委員を務める金沢大の平松良浩教授(地震学)は、そう話す。

地盤が隆起し海底が露出した黒島漁港周辺=石川県輪島市で2024年6月26日午前11時32分、本社ヘリから西村剛撮影

地盤が隆起し海底が露出した黒島漁港周辺=石川県輪島市で2024年6月26日午前11時32分、本社ヘリから西村剛撮影

地盤が隆起し海底が露出した黒島漁港周辺=石川県輪島市で2024年6月26日午前11時32分、本社ヘリから西村剛撮影

 平松さんが石川県に求めてきたのは、2014年に国土交通省などが公表した、日本海の海底活断層が動いた時の被害想定だ。この中には、能登半島地震の震源になったとされる、マグニチュード(M)7・6の地震を起こす能登半島沿岸の海底活断層「F43断層」が含まれる。

 しかし石川県は、津波の被害想定にはF43断層を盛り込んだものの、地震の被害は想定せず、1997年に県が独自にまとめた、F43断層のさらに北方にある別の海底活断層(M7・0)を想定し続けた。つまり、地震と津波で想定する震源が違ったことになる。

 背景の一つが、…、

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 元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社会 【気象・地震・能登半島地震】  2024年12月31日  05:01:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【主張①・12.31】:未解決事件 突破口は必ずあるはずだ

2024-12-31 05:03:55 | 【事件・未解決事件・犯罪・疑惑・詐欺・闇バイト・旧統一教会を巡る事件他】

【主張①・12.31】:未解決事件 突破口は必ずあるはずだ

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【主張①・12.31】:未解決事件 突破口は必ずあるはずだ

 年末になると毎年、東京都世田谷区の宮沢みきおさん一家4人が殺害された事件に関する情報が警察から発信される。事件発生から24年、事件を風化させないための努力だ。

 この事件だけではない。私たちの周りでは、多くの殺人事件が未解決で、遺族が悲しみの中にいることに思いを馳(は)せたい。

一家4人が殺害された宮沢みきおさん宅=東京都世田谷区上祖師谷

 東京都八王子市のスーパーでは平成7年、従業員の稲垣則子さん(当時47歳)とバイトの高校2年、矢吹恵さん(同17歳)と前田寛美さん(同16歳)の3人が射殺され、犯人は不明だ。葛飾区では8年、上智大4年の小林順子さん(同21歳)が自宅で殺害・放火された。大阪府熊取町で下校途中だった小4の吉川友梨さん(同9歳)は15年に失踪したままだ。京都市では19年に帰宅途中の京都精華大1年、千葉大作さん(同20歳)が何者かに刺殺された。

 ほかにも重大な未解決殺人事件は少なくない。捜査はなかなか動かないが、今年は大きな進展があった。兵庫県加古川市で19年、小2女児(同7歳)が自宅前で刺殺された事件が、実に17年を経て、容疑者逮捕に至ったのだ。

 加古川事件は早い時期から容疑者が浮上してはいたが、物証がなかった。局面を変えたのはその容疑者の近隣地域での同種手口事件の有罪確定が相次ぎ、同じ容疑者による別の少女殺害も有罪確定したことだった。

 物証は乏しくとも、手口の同一性を軸に、状況証拠を積み重ねて立件できるのではないか。突破口となったのは、余罪の有罪確定で「手口の同一性」が明確になったことだった。

 科学捜査の進歩も追い風だ。科学は、証拠ではなかった資料から直接物証性を見いだす力がある。初動捜査で得られた資料が、いつか価値を持つときが来る。どんな未解決事件にも突破口は必ずあると思いたい。

 最大の敵は風化だ。毎年末に情報発信される冒頭の世田谷事件ですらそれは免れず、現場を地元高校生に「肝試し」されてしまう始末だ。地域や社会が事件を許さない、絶対に解決するのだと、風化しないよう努力することが必要ではないか。

 事件の犠牲になり、苦しみの中にいる方々の思いを察したい。捜査員ではない私たちにやれることは、遺族の思いに寄り添うことだと心得たい。

 元稿:産経新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【主張】  2024年12月31日  05:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。

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【主張②・12.31】:マカオ返還25年 香港統治の先例にするな

2024-12-31 05:03:50 | 【中国・共産党・香港・一国二制度・台湾・一帯一路、国家の個人等の権利を抑圧統治】

【主張②・12.31】:マカオ返還25年 香港統治の先例にするな

 『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【主張②・12.31】:マカオ返還25年 香港統治の先例にするな 

 マカオがポルトガルから中国に返還されて25年が過ぎた。習近平国家主席はマカオを訪問し、中国による直接統治を強化すると表明した。マカオには香港同様、「一国二制度」で高度な自治が保障されているはずだ。断じて容認できない。

20日、マカオ返還25年の式典で演説する中国の習近平国家主席(ロイター)

 マカオは人口約68万人で、世界一のカジノの街として知られる。16世紀、当時の明朝からマカオの居住権を獲得して始まったポルトガルの支配は、1999年12月20日の中国への返還で終止符が打たれた。

 カジノに絡んで暴力団と癒着し、治安悪化を放置したポルトガル統治への失望感も手伝い、もともとマカオ住民は中国への帰属意識が強い。〝中国化〟のスピードは香港を上回る。

 今月20日、マカオで開かれた返還25年記念式典に出席した習氏は「国家の主権と安全を何より優先する」と述べ、中国の全面的な統治権を確立しなければならないと強調した。それは同日、マカオ政府トップの行政長官に就任した岑(しん)浩(こう)輝(き)氏の経歴を見ても明らかだ。

 岑氏はマカオ出身ではない。中国広東省生まれである。マカオ行政長官は4人目だが、初めて中国本土出身者がトップに就任したことになる。高度な自治の象徴でもあった「マカオ人によるマカオ統治」の原則の否定にほかならない。懸念されるのは、同じ一国二制度下の香港にもマカオ式が適用されるのではないかということだ。

 5年前の2019年12月にマカオで行われた返還20年記念式典に出席した習氏は「マカオの一国二制度は成功を収めた」とマカオ政府を称賛した。当時、反中デモが続発していた香港が念頭にあったのは明らかだ。

 習政権は半年後の20年6月、香港に国家安全維持法(国安法)を導入し、デモを押さえ込んだ。その後、議会から民主派を排除する選挙制度の見直しも香港政府を通じて強行した。国安法の施行も、議会における民主派排除もマカオで先行して実施されていたものである。

 デモ弾圧後、「愛国者治港」(愛国者による香港統治)を推し進める習政権が将来的に、香港にも中国本土出身者の行政長官を就任させ、中国による直接統治を完成させる恐れがある。マカオや香港でこれ以上の強権統治を許してはならない。国際社会は監視を強化すべきだ。

 元稿:産経新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【主張】  2024年12月31日  05:00:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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