多摩センター方面まで来たつひでに、十三年ぶりに「長池見附橋」まで足を伸ばす。
もともとは東京四谷に大正二年(1913年)に架けられた「四谷見附橋」であったものを、架け替へを機に平成五年(1993年)、當地八王子市別所に移築復元し、「長池見附橋」と改稱したもの。
このネオバロック調の鋼製アーチ橋は架橋から八十年を經てもなほ良好な状態を保ってゐた云々、あちこちで手抜き工事がバレて騒然となってゐる令和の建設業界など、恥を知るべし。
前回訪れた十三年前は、東日本大震災の以前であり、その十年後には支那を発生源とする人災疫病が蔓延猖獗を極めるなど、まったく誰が予想したらう。
あの頃は幾重にも霞がかってゐた“明日”に、手灯りもなく、不確實な自信ばかりを恃みに歩いてゐたが、現在では霞をいくらか拂へるだけの知恵は付けたつもりでゐる。
橋の下の池で、學生らしき男のコたちがなにやら手を叩いて大笑ひしてゐる。
あのなかの一人が、池の中島から向かふ岸へ飛び越えやうとして失敗し、水にはまったらしかった。
「若いとは、いいなう……」
十三年前には全く思ひもしなかったことでしみじみとしてゐる、あの時にはゐなかった自分に、私は橋の上で會ってしまった。