觀世流「熊坂」を、ラジオ放送で聴く。
美濃國赤坂宿に泊まった金賣吉次一行の襲撃を企てた熊坂長範の盗賊團が、一行にゐた牛若丸に悉く撃退される話しで、後シテの熊坂の靈はいはゆる一人芝居で牛若丸に翻弄される様を再現する。
その件りでは地謠が重要な役割を果たすのだが、今回の放送のやうな緩急の使ひ分けに欠ける“急”ばかりな合唱では、牛若丸と熊坂長範、どちらが優勢なのかすらも判らない。
以前に水道橋の能樂堂で、若手のシテがこの曲に挑んだのを觀たことがあり、後シテで全身に力を漲らすあまり両腕が震へてゐる様子に、つまりそれだけ体力と氣力が求めらる大役なのだな、と好感ともども大いに得るものがあった。
また、月岡芳年の「月百姿」の内に、この能から取材した名品がある。
曲の力強い雰囲氣を、見事直線的に表現し得てゐて、いつまでも見飽きない私の好きな版画のひとつ。
いつであったか、忘流の女流がこの曲のシテをつとめると仄聞して、なんでもかんでもオンナが出て来りゃいいってもんぢゃない、と男女の棲み分けが混沌としてゐる現行への否を思ふ。