七夕の頃になると、僕は今でも戦前昭和であった時代に歌った「たなばたさま」を想い出す。
♯ 「たなばたさま」 (作詞権藤はなよ.林柳沼 作曲下総皖)
一,ささの葉さらさら のきばにゆれる
お星さまきらきら ぎんぎん砂子
一、五しきのたんざく わたしがかいた
お星さまきらきら 空からみてる
この歌について僕は戦前の小学校唱歌だと思っていたが、昭和16年4月、文部省の学制改革に伴って国民学校音楽用に新しく選定された「うたのほん」(下)に登場したものと知り驚いた。僕は昭和12年に小学校尋常科に入学、16年この学制改革下で5,6年は国民学校制度下で学び、18年3月、卒業している。したがって「たなばたさま」のような「うたのほん」(国民学校2年生用)や「ウタノホン」(同1年生用)では学んでいないのだが、不思議と今でも口ずさむことができる。昔はカタカナは1年で、ひらがなは2年から学んだため「ウタノホン」であり「うたのほん」であったが、「ウタノホン」の中には「海(ウミ)」や「カクレンボ」、「うたのほん」には「花火」などの名曲がある。
国民学校になって小学校時代は「唱歌」だった音楽が「音楽」と名前が変わった。そして”ドレミファソラシド”の音符の名称が”ハニホヘトイロハ”に変更された。僕は5,6年生当時、どんな歌を教わったか記憶にないが、17年4月、東京に初めての空襲があって以来、授業では敵機とわが軍との爆音を識別するためと称して、ピアノで幾つかの音を重ねて、その違いを”当てさせる”授業があったのを覚えている。
「たなばたさま」を歌ってみて、戦時下でもまだ、大東亜戦争前は、こういった「平和」な歌があったのを改めて知った。また、僕が住んでいた東京23区でも、まだ笹の葉が原っぱ”の裏山にあったし、どの家々にもまだ軒があったのを想い出した。
♯ 「たなばたさま」 (作詞権藤はなよ.林柳沼 作曲下総皖)
一,ささの葉さらさら のきばにゆれる
お星さまきらきら ぎんぎん砂子
一、五しきのたんざく わたしがかいた
お星さまきらきら 空からみてる
この歌について僕は戦前の小学校唱歌だと思っていたが、昭和16年4月、文部省の学制改革に伴って国民学校音楽用に新しく選定された「うたのほん」(下)に登場したものと知り驚いた。僕は昭和12年に小学校尋常科に入学、16年この学制改革下で5,6年は国民学校制度下で学び、18年3月、卒業している。したがって「たなばたさま」のような「うたのほん」(国民学校2年生用)や「ウタノホン」(同1年生用)では学んでいないのだが、不思議と今でも口ずさむことができる。昔はカタカナは1年で、ひらがなは2年から学んだため「ウタノホン」であり「うたのほん」であったが、「ウタノホン」の中には「海(ウミ)」や「カクレンボ」、「うたのほん」には「花火」などの名曲がある。
国民学校になって小学校時代は「唱歌」だった音楽が「音楽」と名前が変わった。そして”ドレミファソラシド”の音符の名称が”ハニホヘトイロハ”に変更された。僕は5,6年生当時、どんな歌を教わったか記憶にないが、17年4月、東京に初めての空襲があって以来、授業では敵機とわが軍との爆音を識別するためと称して、ピアノで幾つかの音を重ねて、その違いを”当てさせる”授業があったのを覚えている。
「たなばたさま」を歌ってみて、戦時下でもまだ、大東亜戦争前は、こういった「平和」な歌があったのを改めて知った。また、僕が住んでいた東京23区でも、まだ笹の葉が原っぱ”の裏山にあったし、どの家々にもまだ軒があったのを想い出した。