オセオニア三国歴訪中の安倍総理が最終訪問地パプア.ニューギニア(PNG)でオニール首相と首脳会談のあと足をのばして大東亜戦争の激戦地の一つ、ウエワクにある「、日本政府建造の「ニューギニア戦没者の碑」に夫人と共に詣でた。日本の総理がPNG訪問は中曽根首相以来29年ぶり、慰霊碑参拝は初めてのことだ。
ウエワクは大東亜戦争中、豪北地区最大の航空基地があった所で、戦争末期、ニューギニアに逆上陸してきた連合軍との間に激戦が展開されたが”衆寡敵せず”で、この地区をはじめPNGでは10数万人の犠牲者が出ている、祖国日本に帰還できたのは僅か8000人ともいわれている。戦時中、ニューギニアは南方軍兵士の間で”ジャワ天国、ビルマ地獄、生きて帰れぬニューギニア”とまでいわれた。
日本政府は戦後の昭和30年、遺骨収集船「大成丸」を海外の激戦地に派遣したが、航海スケジュールの関係から完全といえず、いまだに収集されないご遺骨が各地に残っている。以後、国は主に民間団体の委託して収集作業を行っているが、いまだに数万体がジャングルや洞穴の中に放置されている。一方、政府は昭和50年代になって、激戦地に、このウエワクをはじめ、ラバウル、ビアク(インドネシア)、カリラヤ(フィリッピン)、ラブアン(マレーシア)などに慰霊碑を建造した。
しかし、これら慰霊碑の維持管理は十分といえるだろうか。ほとんどの慰霊碑は現地の政府や民間に維持管理を任せている。在外公館によっては年に一回も慰霊碑を訪れ参拝していない所もある。政府は毎年8月15日、千鳥ヶ淵墓苑で、天皇皇后両陛下ご臨席、総理や両院議長も出席して「全国戦没者慰霊祭」を行っている。海外慰霊碑は、ほとんど遠隔の地にあるが、年に一回、各地の在外公館も代表を派遣して慰霊祭を行ってはどうだろうか
ウエワクは大東亜戦争中、豪北地区最大の航空基地があった所で、戦争末期、ニューギニアに逆上陸してきた連合軍との間に激戦が展開されたが”衆寡敵せず”で、この地区をはじめPNGでは10数万人の犠牲者が出ている、祖国日本に帰還できたのは僅か8000人ともいわれている。戦時中、ニューギニアは南方軍兵士の間で”ジャワ天国、ビルマ地獄、生きて帰れぬニューギニア”とまでいわれた。
日本政府は戦後の昭和30年、遺骨収集船「大成丸」を海外の激戦地に派遣したが、航海スケジュールの関係から完全といえず、いまだに収集されないご遺骨が各地に残っている。以後、国は主に民間団体の委託して収集作業を行っているが、いまだに数万体がジャングルや洞穴の中に放置されている。一方、政府は昭和50年代になって、激戦地に、このウエワクをはじめ、ラバウル、ビアク(インドネシア)、カリラヤ(フィリッピン)、ラブアン(マレーシア)などに慰霊碑を建造した。
しかし、これら慰霊碑の維持管理は十分といえるだろうか。ほとんどの慰霊碑は現地の政府や民間に維持管理を任せている。在外公館によっては年に一回も慰霊碑を訪れ参拝していない所もある。政府は毎年8月15日、千鳥ヶ淵墓苑で、天皇皇后両陛下ご臨席、総理や両院議長も出席して「全国戦没者慰霊祭」を行っている。海外慰霊碑は、ほとんど遠隔の地にあるが、年に一回、各地の在外公館も代表を派遣して慰霊祭を行ってはどうだろうか