「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

97歳大先輩から聴く戦時下のセレベス新聞

2016-03-03 07:52:59 | 2012・1・1
昨日、1月の大腸ガン手術後初めて電車に乗ってスラウェシ研究会主催の集まりに参加した。会には戦時中マカッサルで「Pewarta Celebes」(セレベス新聞)記者だった黒崎久さん(97)や海軍軍政部の軍属だった粟竹章二さん(90)の元気な姿があり、戦時下のマカッサルの話を聞いた。黒崎さんの自伝「八十年を顧みて」はスラウェシ研究会のブログ「スラウェシ情報マガジン」に一部が紹介されているが、当時の日本の軍政を知るうえで貴重な記録である。

戦後70年、従軍世代の高齢化から戦友会も解散し、直接”戦争”を聞く機会が少なくなってきた。同時に貴重な資料が散逸し始めきた。「セレベス新聞」は。発行元の毎日新聞が戦後マイクロ.フィルム化して保存されているが。同盟通信(共同通信)が、戦時下スマトラ.パダンで傘下の地方紙合同で発行していた「スマトラ新聞」は、残念ながらインドネシア国立図書館の手違いから、散逸してしまった。今年2月、僕の知人が図書館を訪れたところ、かってフィルムが存在していたことを示す書録(写真)には、「Sumatora Simbun」17 April-27September 2603}とあるが、保存箱はカラであった。(書録の2603は,戦時下日本軍政が使用していた皇紀)

3年余の日本軍政であったが、現地インドネシア住民に与えたインパクトは大きかった。しかし、当時の日本軍政の記録は正しくインドネシアに伝わっているだろうか。例えば、スマトラの第25軍戦友会が戦後、自主出版した「富の歩み」や「赤道標」は貴重な記録である。このまま一部の日本人研究者だけの研究書にするには惜しい。「スラウェシ情報マガジン」は、一部をインドネシア語で発信しているが、日イ友好親善のため、一層のご努力をお願いしたい。