南シナ海のインドネシアEEZ(排他的経済水域)で違法に操業中の中国漁船をインドネシアの監視船が調査しようと、自国領に曳航しようとしたところ、体当たりされたという。同水域では、ここ数年同じような事故が起きており、インドネシアは中国に抗議しているが、一向に解決を見ない。言葉は悪いが、インドネシアは完全に中国になめられている。
インドネシアでは東日本大震災の起きた「3.11」は別の特別な日である。”Super.Sumar"(3月11日大統領文書)といって、1966年3月11日、当時の大統領スカルノが、政治混乱の責任をとって、スハルト戦略軍司令官に大統領全権限を委譲した日で、この名を取った大学まである。もう半世紀も前の出来事だが、新聞社の特派員として当時ジャカルタにいた僕は、連日の学生デモの中で中国大使館が焼き討ちされたのを目撃取材している。
政治混乱の原因は前年の9月30日起きた共産党によるクーデーター未遂事件で、その背後には中国があるとして、政権を掌握したスハルト将軍は翌1967年、中国と断交、国内の華僑弾圧に乗り出した。以来、インドネシアでは1990年、国交が回復するまでの23年間、華僑は現地名に改名を迫られたり、中国語の新聞も発行を禁止された。難を怖れて中国に帰国した華僑も多かった。
しかし、1998年スハルト退陣後のインドネシアと中国はまるで”蜜月”状態で、かっては年中行事であった国内の華僑街焼き討ちは影をひそめた。それどころか、中国企業のインドネシア進出が目立ち、昨年は高速鉄道プロジェクトまで中国が落札した。インドネシアにとって中国との間の”蜜月がよいのがどうか。過去の歴史を見ると、両国関係は約30年ごとに問題が起き、ついたり離れたりしている。
インドネシアでは東日本大震災の起きた「3.11」は別の特別な日である。”Super.Sumar"(3月11日大統領文書)といって、1966年3月11日、当時の大統領スカルノが、政治混乱の責任をとって、スハルト戦略軍司令官に大統領全権限を委譲した日で、この名を取った大学まである。もう半世紀も前の出来事だが、新聞社の特派員として当時ジャカルタにいた僕は、連日の学生デモの中で中国大使館が焼き討ちされたのを目撃取材している。
政治混乱の原因は前年の9月30日起きた共産党によるクーデーター未遂事件で、その背後には中国があるとして、政権を掌握したスハルト将軍は翌1967年、中国と断交、国内の華僑弾圧に乗り出した。以来、インドネシアでは1990年、国交が回復するまでの23年間、華僑は現地名に改名を迫られたり、中国語の新聞も発行を禁止された。難を怖れて中国に帰国した華僑も多かった。
しかし、1998年スハルト退陣後のインドネシアと中国はまるで”蜜月”状態で、かっては年中行事であった国内の華僑街焼き討ちは影をひそめた。それどころか、中国企業のインドネシア進出が目立ち、昨年は高速鉄道プロジェクトまで中国が落札した。インドネシアにとって中国との間の”蜜月がよいのがどうか。過去の歴史を見ると、両国関係は約30年ごとに問題が起き、ついたり離れたりしている。