「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

おのがじしの「終活」 「生前葬」に思う

2018-06-02 05:27:49 | 2012・1・1
大手建設会社コマツの元社長、安崎暁(あんざき.さとる)氏が末期ガンで81歳で亡くなられた。安崎氏は昨年11月、自分の末期ガン新聞広告で公表、同時に一切、延命治療はしない旨明らかにした。そして、”元気なちに、めぐりあった人たちと握手してお礼を述べたい”と東京のホテルで「生前葬」を行われたそうである。僕の新聞社の同期入社の女性記者Sさん(当時83歳〉も先年、同じように生前葬を開き、大学時代の弁論部の後輩、海部俊樹元総理が出席、挨拶されたのを想い出した。「生前葬」は「終活」の一つとして定着しているのだろうか。

「終活」は、就職活動「就活」にからんだマスコミの造語だが、意味は人生の最期を迎えるに当たっての準備のようで、主として遺産の処理とか葬儀の在り方などを指すみたいである。「生前葬」もその一つだが、平均寿命をとっくに過ぎた僕らの世代には、もう「生前葬」の考えはない。親しかった友人知人のほとんどが残念ながら他界してしまっている。

「終活」は僕ら80歳代後半になると、人それぞれ、おのがじし違う。しかし、生きてきた証し(あかし)として、この世を去った時には社会に通知だけはしたいものだ。幸い、僕の場合はこのブログがある。遺族には、ブログの終焉を遺言として残しておく。今の心境を問われれば「おのがじし,つとめを終えし後にこそ花の陰にはたつベかりけり」(明治天皇御製)である。一方、昔からある”死んで花見がなるものか”の俗語からも離れきれない。