「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

コンクリートの壁を破って 雑草の生命力

2018-06-14 17:26:49 | 2012・1・1

コンクリート.ジャングルの東京では、自宅の小さな庭以外、「土」を見る機会が少なくなった。梅雨の合間をみて家の周りに出てみたらすごい生命力である。名を知らない雑草が、コンクリートの壁の割れ間から顔を出していた。戦前、東京には”原っぱ”があり、”猫じゃらし”がいたるところにあり、野良猫君もウロウロしていたがー。舗装された道からは石も消えてしまった。僅か70年でこの変化である。

びわの初物 ハウスと輸入品で季節感がなくなってきた果物

2018-06-14 05:48:56 | 2012・1・1
昨日、老妻が初めてスーパーでびわ(枇杷)を買ってきた。わが家では今年の初物だ。ハウスものと輸入品の登場で、今では世界のいろんな果物がいつも店に並んでいるが、やはリ、昔気質の老人は、多少高くとも季節を感じるものが欲しくなる。でも、東京では最近、果物専門に扱う店が少なくなってきた。戦前、果物は”水菓子”と呼ばれることが多く、駅前や病院前には、パインやバナナなど当時の高級果物を入れた籠が、うやうやしく店頭に飾ってあったものだ。

戦前の昭和には折々の季節感が強く感じた。6月、梅雨時の今頃になると、僕はイチゴを想い出す。ハウス栽培前、イチゴは今が旬だったのであろうか。東京では6月は、伝染病の接種期であり、家族はそろって指定された場所で注射を受けた。子供だった僕は注射の後、母親からイチゴを買ってもらい、牛乳にイチゴと砂糖を入れ、スプーンでつぶして食べたのが、70余年たっても忘れられない。

23区内の東京でも庭木として柿、枇杷、ザクロ、イチジク、ブドウなどが植えられてあった。それぞれの収穫時には子供は黙って盗んで食べたモノだが、たいていは手入れが悪くおいしくなかった。

スーパーの店先には早くも6月だといのにスイカが並んでいる。大のスイカ好きの僕だが、やはりスイカは真夏の太陽がギライラ照り付けた下で食べてこそ美味しい。それに足腰が弱り、年寄りでは持ち運びができなくなってきた。そうかといって、半分、四分の一に切ったスイカはスイカに見えない老人である。