ネガティブとポジティブといってもフィルムの話ではなく、パブリック・コンタクトの話。
最近街を徘徊していると、「あっ、ダメここ禁煙!」、「こんなところで煙草なんか吸わないですよーー!!」と言われることが多くなった。まあ京都市は街毎禁煙条例を設けたので、それはしょうがないのだが、ふと私が気がついたのは、最近の京都人はネガティブなパブリック・コンタクトばかりだな。他方でポジティブなパブリックコンタクトは皆無だなと思っていた。京都も随分と東京ナイズしてきたと思っていた。
こう書くと東京人辺りから、「あら、京都は心遣いがあって優しいですよ」なんて反論が帰ってくるかもしれない。アホか!、それは貴方が観光客として京都の街にお金を落とすから心遣いや優しさを演じてるだけさ。おべんちゃらでお金が落ちれば安上がりでしょう。
私の経験だが、冬のニューヨークのホテルのツリーが綺麗なので、上さんと一緒に自撮りでもしようとしたら、年配のホテルマンがやってきて「さあ、撮ってあげるよ、腕組んでね、スマイル!!」といって記念撮影をしてくれたり、5thアヴェニューの百貨店ではファンタジーなクリスマス・ストートリーのショーウィンドウがならび、ただ楽しませんくれて行列ができている。日本ならば商品を加えたりするけど、そんな宣伝臭さが皆無だった。そんな風にアメリカ人は普通にホスピタリティとユーモアを感じさせてくれる。それがポジティブなコンタクトだといっておこう。
そんなつまりあれダメ!、これダメ!はよくいうが、なんでもルール化してそれを守るだけではなく他人にも強要するという実に迷惑なのが東京人&京都人のネガティブ・コンタクトだろうか。他人のことは関知せずという外国人と、他人の目が気になってしょうがない日本人の気質の違いばかりではないだろう。何でも注意やクレーマーばかりのネガティブ・コンタクトしかいないクレーマー日本人。ポジティブ・コンタクトの方はどうしたんだい?、と問いかけたくなる。たまにはNHKのニュースで、しょうもないだじゃれじゃなくて大受けするジョークの一つも聞きたいね。
だから、そこで次の言葉を思い出すのだ。
ベッカムが消防士に珈琲を差し入れる英国
スタバから大量の珈琲が消防士や警察官に届くアメリカ
消防士頑張れと横断幕をはる台湾
消防士が缶珈琲を飲んでいると119番へクレームをいれる日本
そんななかで唯一ポジティブ・コンタクトのあるのが大阪人。「おっさぁーーん、煙草吸うなって役人がいってはるでぇー」、大阪人ならそういういいかただろうな。いやそんなことすらいわず、「うちらの街ですから好きにさせてもらいます」という意識の方が強い。つまりヨーロッパ社会のように自治意識が高い。かって自由交易都市堺があったからというわけでもないが、大阪人の意識はどこかヨーロッパ的なのだ。
そして相手の自尊心を揺さぶりつつ、巧みに話題に誘い込み、それで1時間はしらないオッサンと立ち話ということもままある。そして、こいつ話していても乗らないなと思えば、あっちのお寺の花が綺麗でっせと、人払いしてくれる、うち逆方向に行くんですけど、とこちらの気分は無視して。そういうパブリック・コンタクトの最たるモノが大阪人だ。なにしろ吉本花月にでかけ、お笑いを楽しむというよりも、そこで新しいネタを仕込むのである。それを咀嚼して披露してくれるから話がうまいのだ。お笑いだって、うちらが日常使えなきゃ意味あらんへんでしょう、というわけだ。そこが関西流話術の世界なのだろう。
クロッキー帳NO36.