見失った「自由」




≪自由≫ なんて いい言葉だろう!

    ところで 自由の(自)は自分の(自)だろうか自然の(自)だろうか?  

    前者は自分や人間の意志に由りそれに従い、 後者は自然の法理に由りそれに従う と意味が違ってくるかもしれない。

   現在 一般的には 前者の意味で使われているようだ。 

     しかし、こうも自由の名で社会がゆがみ自然が壊され 自らの存在も危ぶまれるに至っては (自由)のはきちがいと考えても良いのではないだろうか。 
 
    近代思想における「自由」の由来は知らないが もう少し大きく人類の歴史をたどれば後者の意味があったのではないかな と勝手に想像してしまった。
  
    「自由のはきちがい」は 他人を無視した自己中心の行動だけだけでなく 自己を否定しているかのような自然を無視した行動に現代は至ってる。

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