
バブル景気が訪れる直前の1979年の発売ですから、37年も前のヒット曲になります。オリジナル曲は、国立駅から大学通りの並木道で遊ぶ子らをスケッチした小曲でした。当時、アイドルを売り出していたやり手の音楽プロデューサーであった酒井政利や売れっ子編曲家の萩田光雄が「シルクロードのテーマ」なる副題をつけ、壮大でエキゾチックな楽曲に作り変え、電通が三洋電機のCMソングに押し込んで大ヒットしました。
この歌を Cover した以下の歌手や演奏家たちのほとんどは、37年前には生まれてもいなかったはずです。懐かしさや思い出とは結びつかないのに、たくさんのCoverがアプロードされているのは、月並みですが、世代や時代を越えて歌い継がれる名曲だからでしょう。
まずは、このバンドから。はじめて聴きましたが、よい音と声を出しています。
EGO-WRAPPIN'
https://www.youtube.com/watch?v=M9RnnrsSH8s
美しい声の声優さんがけれんなく歌っています。
野上ゆかな
https://www.youtube.com/watch?v=pzfLHHV41rw
創作に近い英訳とはいえ、字数の多さに驚きます。ムードやニュアンスを伝えようとする日本語と語り尽くそうとする英語の違いでしょうか。
"A Foreigner" English cover
https://www.youtube.com/watch?v=Xo7bTmN6THw
つぎは沖縄語訳です。誤解を招くことを承知でいいますが、異邦人ですなあ。
~かりゆしぬ人~ 琉球チムドン楽団(RyuchimBand)
https://www.youtube.com/watch?v=Foc19Vkt6IY
ラップですから、歌詞はまったく違います。
日本語ラップver.【BENTO KIDZ REMIX】
https://www.youtube.com/watch?v=ypvXFLw6lUM
いわゆるストリートミュージシャンのようですが、よい声を持っています。
石谷嘉章ストリート
https://www.youtube.com/watch?v=aw7GOBsuMnc
中年女でもないのに肩にショールをはおるのはファドの決まりなのでしょうか。久保田早紀さんの哀愁を帯びた声はファドの影響を受けているそうです。
槇makiが歌うFado'Maria Lisboa'
https://www.youtube.com/watch?v=WB0ir7KoOSA
器楽演奏では紹介したいものが少なかったです。とくにサックスはメロディが完璧すぎるのか、チンドン屋のそれに聞こえて困りました。これはマリンバだけでなく、歌もユニークです。
新谷祥子
https://www.youtube.com/watch?v=ubbtlNY_kSI
この人もはじめて聴きました。フォークなのでしょうか。おもしろい歌い手です。
樽木栄一郎×田中佑司
https://www.youtube.com/watch?v=pJB8ntzexos
久保田早紀
芸能界を引退後は「歌う宣教師」として教会をおもな活動の場にしているそうで、1958年生まれですから還暦を迎えているはずですが、いまも美しい人です。ご結婚されているかどうかは不明です。
さて、巻頭に上げた写真は、カミュです。「きょう、おふくろが死んだ。」という書き出しで有名な、彼の代表作である『異邦人』とこの歌はとくに関係なさそうです。久保田小百合(本名)さんが当初つけた歌のタイトルは、「白い朝」でした。
ただし、プロデューサーの酒井政利や編曲家の萩田光雄、電通の担当者や三洋電機の宣伝部の面々は、当然、カミュの名もその代表作も知っていたはずです。「ちょっと振り向いただけの異邦人♪」という一節の「異邦人」の一語にインスパイアされたことが、怒涛の大ヒット路線の邁進につながったとみるのはうがちすぎでしょうか。
メロディがよくて顔が美人で歌がうまいというだけで、地味なフォーク曲を歌うあか抜けない娘に、彼らが食指を動かしたとはとうてい思えないのです。三洋電機のCMソングの歌い手として、電通が候補として上げたのは、ほかに井上陽水・大橋純子がいましたが、三洋電機の宣伝担当者が久保田早紀を推して決まったそうです。
おじさんたちの頭に、アルベール・カミュの『異邦人』が浮かんだとすれば、「異邦人」として「異邦人」の街角に佇む、あの曲想とCMには頷けるところがあります。
「異邦人」と聞けば、カミュを思い出すのが当たり前なほど、カミュは戦後の世界文学の大スターでした。ドイツ占領下のフランスでレジスタンスとして活動した戦闘的なジャーナリストであり、不条理をテーマとした独自の小説でノーベル文学賞を史上最年少で受賞し、マルクス主義全盛時代にいちはやくソビエト全体主義を批判しました。
おまけに、ご覧のようにカメラマンなら涎するようなフォトジェニックな渋いハンサムです。そんなカミュの肖像と『異邦人』が久保田早紀と「異邦人」に、降りてきた。そんな風に考えてみるのも一興ではないでしょうか。
いや、もっといってしまえば、難解な『異邦人』を精読する人が当時としてもそれほど多かったとは思えず、時代の寵児になり、時代の反逆者ともなった、カミュへの憧憬の方が一般的だったと考えれば、ヒット曲「異邦人」はカミュその人を歌ったとも思えるのです。
もちろん、そう訊けば、久保田早紀さんは言下に否定するでしょう。しかし、すでに記したように、「異邦人」は企画先行で大幅に改変されてヒットしたものです。隠れたイメージキャラクターとして、作り手たちの脳裏にカミュが意識されたということはあり得そうなことです。
敗戦を挟んで生まれ、高度成長期に中年になった、彼ら戦後世代の走りとは、カミュが抵抗した全体主義や守ろうとした自由の洗礼を受けた、いわば遅れてきたカミュともいえます。「あとは哀しみをもて余す異邦人♪」という気分にグッときてもおかしくない複雑な世代体験を経てきた人たちです。
ところで当時、誰か、「この曲は、カミュの『異邦人』と何か関係がありますか?」と久保田早紀さんに尋ねたインタビュアーはいたのでしょうか? いなかったのでしょうか?
お断り:「おふくろが死んだ」にクレームは受けつけません。
追記;いろいろ検索してみたら、久保田早紀さんのお父さんはソニーの社員としてイランに駐在した経験があり、お土産にアラビア音楽のテープを持ち帰ったりしたそうです。当然、お父さんもカミュの『異邦人』を読んでいたか、知っていたでしょう。
(敬称略)