凄い映画を観ました。映画史のオールタイムベスト10には必ず入る作品です。
「花様年華 In the Mood for Love」2000年に香港で製作された映画です。
(かようねんか)と読みます。「満開の花のように輝く女の人生の瞬間」という意味だそうです。1960年の香港、新聞記者チャウ(トニー・レオン)と小さな商社の社長秘書チャン夫人(マギー・チャン)の悲恋が描かれます。たがいの妻と夫が不倫していることを知り、二人は近づいていきます。
色と匂いと音が凄い映画です。
まずは色から。風にたなびく赤いカーテンなど、赤がとくに印象的ですが、あのけばけばしい中国寺院の明るい紅色ではありません。もっとレトロモダンなというか、ルージュのような赤です。青もあります。ヨーロッパ様式のテーブルスタンドや壁紙の柄、それに中華をミックスさせたインテリア装飾の大胆な色遣いに圧倒されます。その一方、淡いパステル調や渋い色をあしらった、日本の着物柄のような精緻な色彩の組み合わせも堪能させられます。
続いて音ですが、これは後にメインテーマ曲と挿入歌の動画を紹介します。これも大胆な選曲ですが、封じ込められた情熱を煽り、また癒すかのように胸を浸していきます。
匂いとは、まずは食べ物です。惹かれあう二人がいろいろものを食べます。最初のうちはややぎこちなく、だんだんに屈託なく、睦まじく、咀嚼します。二人だけでなく、近所の人や友人とあるいは一人で、ワインを、白酒を飲み、ステーキや中華料理を食べます。映画のなかの人々とテーブルを囲み、ともに食べ物の匂いや食感が味わえるような気がする映画です。
そしてなにより、男の色気と女の色香の映画です。トニー・レオンはこの作品で第53回カンヌ映画祭最優秀主演男優賞を得ているほど、匂い立つような男ぶりですし、マギー・チャンの人妻の貞淑な香気は絶品です。「恋愛映画の金字塔」という時代遅れの讃辞がぴったりします。
チャン夫人によって、20着もの旗袍(チーパオ)が着まわされます。あの襟の立った、ノースリーブで、身体の線を際立たせ、脚にスリットの入った、いわゆるチャイナドレスのことです。古びて汚い下町の狭い階段や装飾過多に思えるインテリアに、繊細な色づかいでモダンな柄のチャイナドレスを着こなした、マダムチャンの立ち歩き、身のこなし、仕草をまるで時が止まったかのように優美を極めていました。
トニー。レオンの恋情を訴える黒い瞳はもちろんのこと、一見、何の変哲もない地味なスーツ姿やワイシャツ姿の撫で肩の線には、清潔な色気がありました。当時のスタイルのごく細ネクタイ、やはり細めのスーツの襟、その胸ポケットから白い大判のハンカチをとりだして、雨に濡れそぼった顔や髪、上着の肩のあたりを拭く、男のありふれた所作に惹きつけられます。たぶん、このチャイナドレスとスーツの衣装とデザインには凝りに凝ったはずです。
チャン夫人の頸(うなじ〕から肩のまるみを経てしなやかな上腕に、つと腰のくびれ、そこから流れ落ちるように踵と爪先に滑るカメラアイ。背後から、部屋の隅から、開いたドアや窓の通路や外から、あるいはそれらの逆側から、窃視するようなカメラワークに徹しています。
高いビルを見上げるとか、駅やオフィス内を一望するとか、人間の身体を大きくはみ出すような広い視界のいっさいが注意深く避けられています。二人の全身像ですらめったに映されない徹底ぶりです。
英題のとおり、二人の恋のムードが満たされた自室やホテルの部屋などが大半の場面を占め、観客もすぐ傍らにいるかのように、いわゆるバストショットよりもっと下まで、かといってローアングルではなくミドルアングルの撮影です。そのうえ、スローモーション撮影を多用していますから、私たちの視線は二人を真近に追うばかりです。
フランス映画高等技術委員会賞を受賞したのは、こんな撮影をしたクリストファー・ドイルに負うことが大であったようです。もちろん、そんなカメラアイを可能にした、優れた美術や衣装デザイン、照明などがあったればこそです。2000年当時の香港のファッション、美術、デザインの俊英たちがこの映画のために結集したという話です。
月並みですが、カップルで観るとたがいにがっくりくる映画ですから、一人で観ることをお勧めします。
音楽もひとすじ縄ではいきません。メインテーマは梅林茂というはじめて知った人ですが、ウィキに掲載された写真を見ると、いい顔をしています。チャウの容貌です。
Yumeji's Theme / Shigeru Umebayashi
鈴木清順監督の竹久夢二と女たちを描いた『夢二』のテーマ曲でした。メインテーマ曲をほかの映画からもってくるなんて話も、聞いたことがありません。
Te Quiero Dijiste
挿入歌は、ナット”キング”コール。それもスペイン語で歌ったものだけです。アメリカだけでなく、中南米も含めたヒスパニック市場のためでしょう。香港とは大国を背後にして「植民地的」なところは似通っていますが、それ以外に共通点がはないともいえます。ナット”キング”コールも成熟した大人の男の清潔な色気がある人でした。
In the mood for love - The End (Quizas, quizas, quizas - Nat King Cole)
有名な「キサス・キサス・キサス」です。スローモーション撮影を多用して成功した稀な映画でもあります。
(止め)
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