コタツ評論

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土下座する人させる人

2011-05-11 19:02:00 | ノンジャンル
遅きに失したが、という書き出しは変だな。いち早く書きたかった、ということはまったくなくて、できれば見たくなかったからだ。もちろん、食中毒ユッケ社長と東電社長の土下座のことである。嫌なものを見た、と思った人は、俺だけではないはずだ。

土下座をする人もさせる人も、あざとい。する人もさせる人も、そして見物衆も、無意味と知っているところが、あくどい。謝罪ではなく、泣訴ではなく、命乞いでもない、予定調和の集団リンチ劇と、露出させてみせたのが、畠山鈴香の土下座だった。

土下座とは、「皆様」へするものではなく、「一人」にするものだ。唐突に1対1に持ち込み、緊急かつ必死の訴えを、強引に対手へ手渡そうとする、狂人の振る舞いに思えるものだ。実際に見たわけではない。写真が残っているわけでもない。

想像したに過ぎないが、明治34年(1901年)12月10日、馬車前に「よろめき出た」羽織袴のその人は、白髪頭を振って土下座したに違いない。畢竟、土下座とは、する人とされる人の間においてのみ、成り立つものではないか。

(敬称略)

ピアノマン

2011-05-10 23:27:00 | 音楽
Victor Borge(ビクター・ヴォーグ)は、1909年(明治42年)、生まれ。淀川長治と同年。2000年に91歳で没。デンマークのユダヤ人家庭に生まれ、もちろんクラシックのピアニストとして活躍後、アメリカに渡り、ピアノ・コメディアンとして成功します。渡米のきっかけは、北欧にナチスが進出してきたせいもあるようです。





浜岡原発停止

2011-05-08 00:33:00 | 3・11大震災
最悪の事態に備えて、最優先課題をクリアする。最悪の対語は、最善ではない。すべての原発を止めよ、とか、代替エネルギーをどうするのか、とか、経済への悪影響を考慮せよ、とか、「最善」はそうすぐにはやってこない。御前崎市長の巨額の原発交付金を失う「憤り」は、とても「最善」には組み入れられないが。

民主党政権になって、菅首相としても、はじめての政治的決断らしい、決断だった(「重要なお知らせがあります」と口を切ったので、てっきり、「辞任します」というかと思った)。たぶん、静岡を地元とする細野モナ豪志首相補佐官の進言だろう(もちろん、それだけ、というわけではないだろうが)。防波堤ができる2013年まで、という期限を区切っているが、その頃はまちがいなく菅首相ではない。廃炉になるか稼働するかは、静岡県民と国民が決めることだ。



ゲーマー GEMAR

2011-05-08 00:00:00 | レンタルDVD映画
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ジェイソン・ステイサムの「アドレナリン」シリーズをつくった脚本と監督のゲーマー GEMAR」。どうりで、ゲーブル(ジェラルド・バトラー)が一気飲みしたウォッカ(ジンだったかも)で酔っぱらいながら戦闘に参加し、隙を見てはアルコール燃料車のタンクに反吐を流し込み、酒のアルコールでエンジンをかけてバーチャルリアリティから脱出をはかるシーン、つまり、手近な物を次々に利用して生き延びていく主人公のこけつまろびつな展開は、「アドレナリン」とよく似ている。

TVゲームの戦場(格闘)ゲームでなかで殺し合う闘士たちが、CGではなくプレーヤーに操られる生身の人間(死刑囚)という近未来SFなわけだが、CGを駆使した戦闘シーンより、やはり生身の人間の体技に眼を奪われる。たとえば、悪者のキャッスル(マイケル・C・ホール)が群舞を従えて、マイケル・ジャクソンばりに踊るところが、それだ。これだ。http://www.youtube.com/watch?v=lQHPhIk5hoI

曲は、サミー・デイビス・Jrが歌う「アイブ・ ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」。「ゲーマー」より、どうせなら、こちらをタイトルにすればよかったですね。



ミルクピッチャー

2011-05-06 01:34:00 | ダイアローグ


ホームから母を連れ出し
車で五分ほどのコメダ珈琲に入った
ブレンドコーヒーに一袋の砂糖を流し
回したスプーンがつくるミルクの渦を見ている

「ああ、一年ぶりのコーヒーだ、ありがとう」
母は繰り返し言い
押しやった私のコーヒーの半分を飲み
勧めた二本のタバコを根本まで吸った

金属のミルクピッチャーをつまんだ母は
「これは飲んでもいいのかい?」
と俺へ向いて尋ねる
「いや、ダメだよ」
と俺は答える

母はコーヒーとタバコが好きだった
小学生の頃、勤めから帰った母に
よくコーヒーをつくってやった
当時は、インスタントコーヒーだったが
我が家には、安い買い物ではなかった

角砂糖一個とクリープをたっぷり
母はタバコを吸いながら
「あたしのたったひとつの贅沢だ」
とよく言った

喫煙席のボックスに空きはなく
共用の長いテーブルになったので
母と並んで座っている
はじめて来た店なのに
店内を見回す様子もなく
正面を向いたまま
無表情な横顔を見せている。

「もう出たいかい? ここ」
「そうだね、はじめてだしね」
「緊張したか?」
「そんなことはないよ」
「ちょっと、そこらを歩いてみるか」

コメダ珈琲は、四車線の幹線道路に面している
何処へ行こうかと、車椅子を押しながら考えていると
「ツツジがきれいだねえ」
と声が上がった
「長い枝を、ひとつ折っておくれ」
とも言う

コメダ珈琲の駐車場を囲む
白いツツジの植え込みだ
「でも、これはコメダのツツジだぜ」
言い出したら聞かない母を思いだして
手早く手近なのを折ってやった

近くの花水川の土手まで車椅子を押した
家からすぐに上がれるこの土手を散歩するのが
かつて母の朝の日課だった
飼い主が放し歩きさせていた犬に出喰わし
驚いて土手を転げ落ちたのが
腰骨を骨折した最初だった

二度目は、自転車に乗っていて車をぶつけられ
三度目は、郵便屋の押すブザーに玄関に急いで転び
腰骨の同じ箇所を折った

「ああ! この土手に来たのは何年ぶりだろう、嬉しいよ」
母は最初こそはしゃいでみせたが
すぐに無表情に戻った

花水川の対岸には
晴れわたった空と深緑の高麗山が見える
ところどころ萌葱色の毛糸玉のような
雑木の群生が見える
「五月がいちばんいい季節だな」
土手上の道を車椅子を押しながら
母に声をかける
母は黙っている

顔の向きがおかしいことに気づく
「川はこっちだよ」
後ろから指を伸ばして左の顎を軽く押した
川や山ではなく土手沿いに建つ家々の方に
母の顔は向いていた
散歩のリードを引っぱった犬が
母の横を通り過ぎていった

花瓶には、さきほどの白いツツジを挿した
「疲れたろう、少し横になったら」
母はベッドに仰向けて目を瞑る
俺はカバンから用意していた文庫本を出す
一頁もめくらないうちに
「コーヒーおいしかったねえ」
と母が言うのが聴こえた
目は瞑ったままだ
「そうか、また行こうな」

「ねえ、--」
と俺の名を呼ぶ
「なんだい」
と俺は答える

母がこちらに笑顔を向けている
ベッドの傍らをポンポンと手で叩いて
「お前も、ここで横にならないかい?」
母がそれを言うのは、これで何度目だろう
「今夜は、一緒に寝よう」
と言ったこともある。
もちろん、その度に
「いいよ、俺は」
と遠慮するように断ってきた

俺は立ち上がり、ベッドの傍らに立ち
母の傍へ腰を下ろした
母の手の甲をさすりながら
母の顔を覗きこんだ。
落ちくぼんで小さくなった眼は虚ろだが
いっぱいの笑みが顔を輝かせている

「おふくろ、俺の顔が見えるか?」
「俺が誰だかわかるかい?」
と尋ねた
「もちろん、見えるよお、--」
と母は答えた。
「じゃ、あそこのカレンダーは見えるか?」
「あんまり見えないねえ」

カレンダーが掛かっているのは
俺が座っていた丸椅子の後ろ
ベッドから二メートルほどの距離だ
「じゃ、少し離れると、どんな風に見えるんだ?」
母の手は、滑らかに白かった
「ぼんやりとしか見えないねえ」

訪ねると歓声を上げて喜ぶくせに
しばらくすると、無関心なように無表情になるのはなぜか
どちらかが、母の演技と思っていたが
ほとんど眼が見えないためだった
断っても断っても、一緒に寝ないかと誘うのはなぜか
薄気味が悪いと思っていたが
近くで俺の顔を見たかったからだ

母からは、ぼんやりとした人影にしか、俺は見えなかった
嘘寒い言葉をかける、離れてぼんやりした人影だった、俺
ミルクピッチャーの底に残ったミルクの一滴は見えていた、母
そのことに、俺だけが気づいていなかった
俺だけが知らなかった

「ヤダ、ヤダ! そんなこといわないで」
「じゃ、またな」
と俺が切り出すと、母はいつもそう言って、幼児のように泣く

俺は、女たちの顔を思い浮かべる
そして、おふくろと呼ぶこの老婆こそ
俺の最初の女だと思う
女たちよ
女たちよ
俺はたしかに不実な男だった
お前たちをひどく傷つけ、裏切り
その真心を踏みにじって、逃げた
しかし、女たちよ
女たちよ
お前たちは、この女よりましだ
この女ほどには、ひどい仕打ちを受けてはいない
それだけは保証する

帰りがけの玄関で
FLOのタルトを渡した職員に
「よろしく頼みます」
といつものように、頭を下げる
「大丈夫ですよ、長男さんがいらしゃると、少し不安になるようですが」
咎められているのかと俺は眼を上げた
「他の人が帰りたいと愚痴ると、ここは退院できないのよ」
「って慰めたりすることもあるんです」
と続けて、俺の知らない母を教えてくれた

ミルクピッチャーの底に残ったミルクの滴を
母が飲みたければ、飲ましてやればよかった
「ダメだ」
そんな風にいうことはなかった

大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずや つばめよ(寺山修司)