マグロの最高峰という本は、大間や築地、銀座でのマグロの取材は長く、地方の鮨屋を巡る「旅鮨」もライフワークの中原一歩さんが、マグロについて、特に大間や豊洲市場、すしざんまいや板前寿司などマグロ寿司店等の歴史やお店紹介など分かりやすく説明したものです♪
私も豊洲市場でマグロなどのお寿司を食べることをライフワークとしているので、とても興味津々な内容でマグロについて深く学ぶことができました♪
大間にも行ってみたいし、本書でオススメとされる以下のお店にも行って、上質なマグロをぜひ楽しみたいと思います♪
<本書が薦めるマグロのお店>
・日本橋人形町の㐂寿司(究極のマグロ、赤身。おまかせ)
・四谷荒木町の寿司金(究極のマグロ。希少部位・カマトロなど。おまかせ)
・銀座5丁目のさわ田(中トロ?。おまかせ)
・銀座8丁目の鮨とかみ(中トロ?。おまかせ)
・神田神保町の鮨處はる駒(バランス良い。神田鶴八系。良心的値段)
・新橋の新ばし しみづ(神田鶴八系でとにかく鮨を美味しく)
・銀座7丁目の鮨よしたけ(トロの旨さ。おまかせ)
・奥沢の入船寿司(おまかせ)→残念ながら閉店です
・豊洲市場内の大和寿司(マグロのプロ御用達のアンテナショップ)
・銀座6丁目の鮨 太一(1万円程度。昼のおきまりは5千円から)
・初台のすし宗達(夜だけ営業だが全ての鮨種の価格が明示)
・日本橋蛎殻町のすぎた(マグロ以外も素晴らしい)
・静岡・清水の末廣鮨(インドマグロの名店)
「マグロの最高峰」という本はとてもオススメです!
以下は本書のポイント等です♪
・海のダイヤの異名をとる本マグロの値段は、平時でも一匹あたり国産車一台分に相当する。ご祝儀相場が期待される正月ともなれば、平時の100倍、数億円に化けることだってある。事実、2019年の正月には3億3360万円という史上最高値が飛び出した。
・現在、東京から大間を目指すには大きく分けて2つのルートがある。まず一つ目は、東北新幹線の新青森、もしくは八戸で下車。下北半島を縦貫する国道279号線(通称はまなすライン)を使って3時間かけて車で北上するか、ローカル線と路線バスを乗り継いで大間を目指す方法だ。そして、2つ目は飛行機か新幹線を使って北海道函館市に入り、津軽海峡を縦断する1日2便の津軽海峡フェリー「大函丸」に1時間半ほど揺られる方法だ。
・100万ドルの夜景で知られる函館の市民は、そんな閉ざされた対岸の町を「函館市大間町」と言って皮肉ることがある。事実、大間は文化、経済の面でも対岸に位置する函館の影響を受けてきた。町には大型量販店や医療機関が少ないので、今でもフェリーに乗って定期的に函館へと通う大間町民は多い。しかし低気圧が日本海に居座る冬は、毎日のようにフェリーが欠航し、そうなると大間は完全に閉ざされた本州の袋小路となる。
・大間と言えば今はマグロだが、かつては「アワビ」だった。江戸時代、大間は海上交通の要衝として栄えた。中でも大間産のアワビを乾燥させて作る干しアワビは、高級食材として中国に輸出され「大間鮑」と呼ばれて珍重され、高値で取引されたという。ところが明治維新と共に押し寄せた近代化の波は日本の物流インフラを海上の船から内陸の鉄道へと急速に変化させた。北前船が廃止され、海上交通網が断ち切られると、大間は一転して陸の孤島と化してしまたのだ。
・フィリピン南西沖で生まれたマグロは、黒潮に乗って日本近海にやってくる。黒潮は、沖縄本島の西およそ100kmに位置する久米島の沖で分岐し、一つは太平洋ルート、もう一つは日本海ルートに分かれて日本列島に沿って北上する。したがって、マグロも太平洋ルートと日本海ルートに分かれて北上し、やがて津軽海峡周辺で合流するのだそのためマグロの水揚げ漁港は日本各地に点在し、季節によって異なる。太平洋側では春は四国奥の高知や室戸、夏になると和歌山・紀伊半島や千葉・銚子。秋には宮城・塩釜。秋から冬は津軽海峡、北海道・噴火湾などだ。日本海側は冬から春は長崎・壱岐、山口・萩。夏は鳥取・境港、新潟・佐渡。秋から冬にかけて青森・深浦、もしくは三厩(みんまや)、北海道・松前となる。
・実はマグロは、単に黒潮に乗って日本沿岸を北上しているわけではない。えさとなる小魚を追いかけて大間沖までやってくるのだ。津軽海峡には、宗谷海峡を経てオホーツク海へと到達する対馬海流の一部が津軽暖流となって流れ込む。一方、太平洋側の入口では、太平洋を北上する黒潮の一部と、千島列島に沿って南下する千島海流(親潮)が混じり合う。これらの3つの海流の影響を受ける津軽海峡近辺では、マグロのエサとなる小魚が食べるプランクトンが大量発生する。津軽海峡のマグロが好むのはサンマとスルメイカだ。釣れたばかりのマグロの腹を割くと、パンパンに膨らんだ胃袋から大量のスルメイカが出てくることがある。
・農林水産省の発表によると、2018年の漁船漁業の平均収入は840万円で、そのうち、燃料代や漁具代などの支出を差し引くと、いわゆる漁師の儲けの平均は249万円だそうだ。これはマグロ漁だけの数字ではないが、全国的に漁業への若者の参入は増加しているとは言い切れず、日本の漁業は斜陽産業と言われて久しい。ただ、大間では毎年、数人ではあるが若い漁師が誕生している。
・彼はマグロ漁師ではあるが、マグロ専業ではない。春はサクラマスやウニ、夏は昆布を中心にヒラメやブリを獲って生活している。津軽海峡は豊穣の海なのだ。テレビなどの影響で大間にはマグロで稼いだ「マグロ御殿」が乱立しているようなイメージがあるが、実際には200人いる漁師のうち、マグロ専業で生計を立てられているのは20人いるかいないかである。
・マグロ漁には以下の通りいくつか種類がある。大間の場合一本釣りがほぼ7割を占めている。漁師は津軽海峡のどこかに潜むマグロの群れを探し出し、その群れの鼻先に仕掛けを流す必要がある。そうしないとマグロを効率的に釣り上げることは不可能だ。
〇一本釣り(通称つり)
大間伝統のマグロの釣り方。大正時代あたりから大間に広がった。テグス(釣り糸)に釣り針、そしてエサという極めて単純な釣り方。漁師とマグロがテグスを介して一対一で対峙する。長崎・壱岐では専用の釣り竿を使って釣るスタイルが普及している。
〇延縄漁(通称なわ)
幹縄と呼ばれる一本のロープに等間隔で、エサと針のついた枝縄をつけ、海に流し、時間をおいて引き揚げる漁法。幹縄の総延長は、大間では100km程度だが、これが遠洋漁業にもなると千kmにも及ぶ。枝針の数は2千本にもなるので、一度、縄を投入すれば、複数のマグロが獲れる。主に津軽海峡や遠洋漁業で使用される漁法。
〇定置網漁(通称ていち)
海流に沿って回遊するマグロの性格を利用した漁法。沿岸近くのマグロの通り道にあらかじめ網を張り、回遊してきたマグロが網にかかるのを待つ。東日本の太平洋側をはじめ、新潟・佐渡などで行われている。
〇巻き網漁(通称まきあみ)
マグロの群れを巨大な網で巻いて一網打尽にする。鳥取・境港や宮城・塩釜などで盛んな漁法
・たいていの場合、テグスを残り十数mのところまで引き上げるのに20分から30分かかる。大物になれば1時間を超えることもある。ここで登場するのが大間名物の「電気ショッカー」だ。これは海中のマグロに電気ショックを与え、瞬時に仮死状態に持ち込む道具だ。その形状は馬の蹄鉄にそっくり。手順は、テグスに電気ショッカーをかませて沈め、これがマグロの口先に当たったのを確認した上でスイッチを入れる。するとジリジリとブザーが鳴り、通電が開始されるのだ。電気ショックを食らうと、どんなに巨大なマグロでも瞬間的に抵抗が弱まるので、そこで一気に、巻き上げ機を使って引きあげる。
・本マグロの別名は「クロマグロ」だが、これを英語に訳すと「Pacific bluefin tuna」となる。それを裏付けるように、海から揚がってきたマグロの魚体は、目の覚めるような神々しいブルーをしている。
・水面にマグロの巨大が浮かび上がった瞬間、漁師はマグロのこめかみを狙って銛を打ち込み、とどめを刺す。その瞬間、真っ赤な鮮血が吹き出し海面を染める。ここまでくると一安心と思うが、実は漁師にとってはここからが正念場なのだ。
・漁師は釣ったその場で魚の鮮度を保つある処理を施す。これが「活け締め」とか「神経締め」と呼ばれる処理法だ。釣り上げた魚の胸ビレの付け根と尾の付け根に包丁を入れ、魚の動脈を切断。こうやって「血抜き」をしたあとに、細い針金を魚の眉間から刺し、脊髄に突き当てて神経を破壊するのだ。その直後、死んだはずの魚が一瞬、ブルブルブルッと身をよじらせ、やがて静かになる。「ほら、血の気が引くようでしょ。頭の部分から尾ひれの方向に、魚の表面の色が薄い紫色に変わっていく。このひと手間で魚の鮮度を保つのです」
・なぜ、血抜きや神経締めなどの「手当て」を施す必要があるのだろうか。まず大前提として、人間によって殺生された魚は、その瞬間から死後硬直と腐敗が始まる。私たちが日常的に使う「鮮度」という概念は、魚の腐敗がどの程度進んでいるかに関わるもので、魚がどれだけ生きている状態に近いかを表している。しかし腐敗を完全に止めることはできない。できるのはその進行をゆるやかにすることだ。ここに、釣り上げた魚に手当を施す最大の理由がある。腐敗が進むと魚は悪臭を放つようになる。あの「生臭さ」には閉口してしまうが、この悪臭は、雑菌が繁殖することで発生する。とくに内臓周辺は鬼門だ。魚は内臓から腐る。だから釣り上げた魚はすぐに血を抜き、内臓も取り出してよく水洗いをして清潔に保つ必要があるのだ。また、魚は死ぬと死後硬直が始まるが、ある時をピークにして、今度は反対に身が緩み、変色して水分を放出するようになる。この水分と一緒に魚の旨味の元となるグルタミン酸やイノシン酸が流出してしまう。これを防ぐために、筋肉の伸縮を司る神経と脊髄を破壊し、この筋肉の腐敗を緩やかにすることで旨味を保つのだ。
・マグロもブリと同じ処理を施すが、ブリに比べると何倍も魚体が大きいマグロの場合、さらに繊細な処理が求められる。船上で行う「血抜き」「神経締め」など迅速な処理はもちろんだが、何より大事なので処理後の徹底した「冷やし込み」だ。私は一本釣りの船ではなく、晩秋の延縄船に乗った時にそれを実感させられたことがある。漁師が釣り上げた鮪の腹に手を突っ込めというのだ。その言葉通りにかじかんだ手を突っ込むとジワーッとマグロの熱を感じた。「気温も水温も一桁台。それなのに、釣り上げたばかりのマグロの体温は人間より高い40度くらいになる。それだけ釣り上げられる時に抵抗したってことよ。魚ってやつは普通冷たいだろ。だからとにかく早くマグロを冷やさないといけない。そうでないとヤケが回ってしまう」この「ヤケ」という言葉は豊洲市場でよく耳にすることになる。一時間を超える漁師との格闘はマグロの体温を上げてしまい、マグロの身上である、身質の真紅の美しさが失われて、ある部分だけ色が濁ったり、茶色く変色してしまう。このヤケを防げるか否かが、魚の品質を決定づけ、ひいては豊洲市場でのマグロの競り値を左右するのだ。ヤケを防ぐ唯一の方法は、魚の体温を下げることだ。そこで漁師は、血抜きや神経締めを施したのち、すぐに大量の氷水が入った船倉にマグロを入れて、徹底的に冷やし込む。処理をしてから船倉に移す前の時間はあっという間である。つまり、氷はマグロ漁師にとって欠かすことができないアイテムなのである。延縄船でも一本釣りの船でも、最新鋭の設備を搭載した船は氷の中でも極めて冷却効果の高い「海水氷」を使っていることがあり、こうした船のマグロはやはりヤケが少ないと市場でも評判だ。
・豊洲市場では「東市(とういち)(築地魚市場)」「大都(だいと)(大都魚類)」「東水(とうすい)(東都水産)」「マルナカ(中央魚類)」「第一(第一水産)」という5つの卸会社がマグロを扱っている。卸会社は「荷受(にうけ)」とも呼ばれ、日本全国の「荷主(にぬし)」である漁協から魚を仕入れ、競りを開催して値付けをするという重要な役割を担っている。一方、料理人(飲食店)やデパート、スーパーの注文に応じて競りに参加し、目当ての品物を調達する役割を担うのが「仲卸(なかおろし)」で、実際に入札に関わる仲卸の担当者は「仲買人」と呼ばれる。豊洲市場には500軒の仲卸があり、そのうちマグロを扱っているのは200軒だ。
・マグロの競り場の仲買人の群衆の中に、ひときわ目立つ緋色のヤッケを羽織る男衆の姿があった。彼らこそ日本最高峰のマグロを競り落とす精鋭集団で仲卸の「石司(いしじ)」だと、競り場に案内してくれた顔見知りが教えてくれた。私が石司に興味をもったのは、市場が東京・日本橋にあって「魚河岸」と呼ばれていた時代からマグロを競る人の中には「上物師(じょうものし)」と呼ばれる存在がいると聞かされていたからだ。上物師とは国産本マグロの中でも特に良質な魚だけを扱う仲買人のことだ。豊洲にはマグロを扱う店が200軒あるが、一年を通じて日本近海で獲れた生の本マグロだけを扱うのは石司など数件の仲卸しかないという。
・その日も競り場には200本ほどのマグロがあった。季節は12月初旬。入口のシャッターぎりぎりの所までマグロが並んでいる。大きさも大小さまざまで、中には300kg近い超大物の姿もあった。石司の3代目で若主人の篠田貴之、通称「貴」は先に入っていた従業員と合流し、何やら二言三言、言葉を交わすと、気になるマグロの腹を手早く、手鉤を使ってめくり、競り場をさっと一巡して戻ってきた。貴はあることを私に耳打ちしてくれた。「私たちが競るのは「一列目」と呼ばれる国産の本マグロだけです。見て下さい、これだけマグロがあっても、ほとんどがジャンボと呼ばれる輸入物と、養殖や畜養のマグロですよ。国産の本マグロは全部で十数本しかない。その中から競る価値のあるのは2,3本ってとこですかね」
・日本各地の漁港で、マグロが水揚げされると、漁協の販売担当者(荷主)は、豊洲市場の卸会社の担当者(荷受)に連絡を入れ、競りが始まる時間に合わせてトラックで品物を輸送する。荷物の到着を確認した卸会社の担当者は、これらのマグロを精査し、品質のよい順番に番号をつけて競り場に並べる。貴のいう「一列目」とは、この番号が一桁台のその日もっとも品質が良く、高値がつくと予想されるマグロのことだ。豊洲市場では、マグロを扱う5つの卸会社ごとに5つの場所に分かれてマグロの競りが開催される。魚をどの卸会社の競りに出すかは、各地の漁協の担当者の判断だ。ちなみに競りが始まるとダミ声を張り上げ、競りを仕切るのが卸会社に所属する「競り人」だ。マグロの競り人、しかも国産の生の本マグロを担当する競り人は市場関係者にとって憧れの存在なのだという。
・サバ科に属するマグロには、様々な種類がある。それは大きく5つに分けられる。
〇クロマグロ(本マグロ)
日本近海で獲れる代表的なマグロ。「本マグロ」と呼ばれ、豊洲で「マグロ」と言えばこのクロマグロを指す。日本近海を含む太平洋をはじめ、大西洋、地中海と世界各地に生息している。その中でも最も旨いのが日本近海で獲れる天然もので、青森県の大間で獲れるものが値段も味も最高級とされている。
〇ミナミマグロ(インドマグロ)
魚河岸では「インド」と呼ばれるクロマグロにそっくりのマグロ。インド洋やオーストラリア、大西洋とインド洋がぶつかる南アフリカのケープタウンなど南半球で獲れるのでこう呼ばれている。主に冷凍されて日本に運ばれる。
〇メバチマグロ
一般的な鮨屋、日本料理店などで刺身として出されている大衆的なマグロ。通称「バチ」。日本近海にも生息していて、延縄などの漁法で獲られる。味も値段もちょうどよく、国内で刺身として最も消費されているマグロ。
〇キハダマグロ
スーパーマーケットや回転寿司、安居酒屋、ファミリーレストランで使われているマグロ。本マグロに比べると味わいはぐっと落ちるが、安価なので大衆魚として扱われる。キハダの名前の通り、黄色く、ヒレが長い。〇ビンチョウマグロ
東京では「ビンナガ」と呼ばれ、世界中の亜熱帯の海に生息する、マグロ。脂の乗った身は「ビントロ」と呼ばれ、主に回転寿司で使われる。資源量が多いことで知られ、マグロの中では特に安価で流通している。
・「ジャンボ」とは、同じクロマグロでも、大西洋などで獲れたマグロを指す総称だ。1970年代、成田空港の開港と当時に米国ボストン周辺で獲れた大西洋のクロマグロが、当時デビューしたばかりのボーイング747(通称ジャンボジェット)で輸入されるようになった。この飛行機に乗ってやってきた外国産のマグロを、誰ともなく「ジャンボ」と呼ぶようになり、今ではすっかり「外国産の本マグロ」の総称として定着したという。
・ここまで解説してきたのはすべて、生であれ冷凍であれ「天然魚」だった。しかし実は競り場に並べられているのは、その多くが「養殖」に分類されるマグロなのである。「養殖」にも種類がある。卵の状態から人工的に孵化させて育てる方法は「完全養殖」と呼ばれ、「近大マグロ」がその代名詞だ。近畿大学はこの研究に1970年代から取り組み2002年に世界で初めて成功させたのだ。
・完全養殖の一歩手前が「畜養」だ。これはヨコワと呼ばれるマグロの稚魚を獲ってきて、波の穏やかな内湾の海上生簀で飼育し、ある程度の大きさになったら出荷するもの。完全養殖も畜養も、豊洲では同じく「養殖」と呼ばれる。これら養殖マグロは、資源量が減少傾向にある天然のマグロに代わってこれから流通の主流になるといわれている。
・本マグロの旬は晩秋から正月まで。でもその時期は低気圧が居座って悪天候が続くからマグロ漁師は沖には出られない。そもそも魚の数が少ない上、天候など自然環境に左右されるので、一匹も入荷がないという日も稀にあります。
・いいマグロは遠くから見ても風体でだいたい分かる。この時期の津軽海峡産はスルメイカを食っているから、ぷっくりといい感じに肥えている。頭が小さくて腰の部分が張ってるのがいいね。あと皮目の色と艶。皮が薄く、腹の厚いのが、脂が乗っている証拠です。
・12月第一週の石司へのマグロの入荷具合は、分母が競りに出された本マグロの数、分子がその中から石司が競り落とした本数だ。「2/8」「3/15」「3/12」「2/15」「0/8」「1/8」いずれも津軽海峡産で、この週一番の大物は232kg、最高値は300万円超だった。
・競り落とされたマグロが店の若い衆によって運ばれてくると早速解体が始まった。マグロは鋸で頭を落としたあと、従業員2人ばかりで、刃渡り1mほどあるマグロ包丁という独特の道具を使い、中骨を残してまず半身に解体される。マグロ屋にとっては、この瞬間が最も緊張するのだという。自分の目利きが正しかったか否かが明らかになる瞬間でもあるからだ。
・マグロは頭と中骨、皮など粗と呼ばれる部分を除くと、商品にできるのは7割程度。実は非常に歩留まりが悪い魚なのである。競り値はそうした捨てる部分も含んだ値なので、条件によっては、買えば買うほど赤字になる場合もあるのだという。
・鮨屋に入ると「今日の赤身は大間産ですよ」などと、店の主人が一言添えて鮨を出すことがある。それは間違っていないのだが、同じ「大間産」でも、それがどの部位なのかによって当然価格は異なる。別の言い方をすれば、その鮨屋がどの部位の「大間産」を持っているかによって、その店の「格」が決まるということだ。同じ産地のものを使っていたとしても、そこには紛れもないヒエラルキーが存在するのだ。「特に腹カミは、キロ単価の4倍以上の値段をつけないと本当は採算がとれません。けれども、お客に負担を強いてしまうので、往々にしてそれよりも少し安い値で提供します。うちが素人に魚を売らないのは、長い付き合いの中で儲けさせてもらうからです。中には拾い買いと言って、特定の店にこだわらずに買い物をする人もいますから」
・石司には、独立したばかりの若い鮨職人が仕入れにやってくることがある。最初は同じマグロでも買えるのは「シモ」ばかり。いつか、石司の最高の腹カミを握りたい。その一心で店に通い、言われるままの値段でマグロを買い続けるのだという。言うまでもなく、一匹のマグロからとれる腹カミの数は限られており、誰もが手に入れられるものではない。石司のマグロを買い続けることが経済的にも精神的にも苦しい時代があったと回想する鮨職人もいる。石司が用意したその日一番の腹カミを使えるようになるには、技術はもちろん、その金額を払い続けるだけの経済的な体力がなければ難しい。念願の腹カミを握らせてもらうために、10年の歳月がかかったという職人もいる。これだけのマグロを使うのだから絶対に手抜きはできない。マグロを使う側の人間のこうした思いに貴や同じく石司の番頭の中島正行は全力で応えなくてはならない。「今日はありません」では済まされないのだ。
・中島が切ったマグロを4半世紀近く使い続けている鮨職人のレジェンドがいある。東京・四谷荒木町にある「日本橋 寿司金」主人の秋山弘だ。秋山はマグロの希少部位を研究し、今でこそ有名になった「カマトロ」や「ヒレシタ」などを握りに取り入れた人物。そんな秋山が仕入れを任せているのが中島で、その付き合いは息子の代になっても変わらない。「中島さんのマグロはね、その断面見ただけで分かりますよ。あんなにすとーんと美しい断面を出せる人はいません。値段なんて値切ったことも聞いたこともないですよ」腹カミは誰もが手に入れられるわけではないが、腹カミだけを売っていたのでは商売にならないし、全ての客が高価な部位だけを求めるわけでもない。石司は全国に50軒を超える取引先の鮨屋をもつ。中島は常に、どの客に、どの部位を、どのタイミングで提供するか、複数ある客の注文と手元にあるマグロの数とをまるでパズルのように組み合わせてシミュレーションしている。「いつも、頭の中にあるのは取引先の店のマグロの在庫ですよ。品質のいい魚は、いつもあるわけではない。注文をもらってからでは対応できない場合もあるので、いつも先回りして、競り落とすマグロの数を決めています。予想通り鮨屋からの電話が鳴ったら、しめたものです」石司の軒先にいると、早朝から入れ替わり立ち替わり、東京を代表する鮨屋の主人がマグロを仕入れに来るところに立ち会える。そこで交わされている会話が実に興味深い。確かに「いいマグロ」を競り落とすのが仲卸の使命だが、中島や貴は客の求めるマグロの好みまで頭に入れているのだ。
・マグロの善し悪しは4つの要素で決まるという。「色」「香り」「食感」「値段」だ。
・市場に買い出しにやってくる鮨職人たちに、片っ端から「大間マグロ」について話を聞いてみた。「11月から1月初旬までだったら、大間ならほとんど間違いない」「大間は確かに高いけれども、大間と言えば納得しない客はいない」「ほかの産地と比べると圧倒的に旨い。右に出るものはない」など賞賛する声がある一方、「春先でも、大間ある?なんて聞いてくる客がいる。一年を通じて大間があると勘違いしてるんだね。ブランドが先行しすぎてるんだよ」「確かにトロの部分の脂のまわり方は抜群だが、赤身のバランスが悪い気がする」「キロ2万円を超える品物は普通の鮨屋では買えない。もっと安くて旨い産地はある」などによって意見は割れる。貴に、大間マグロについてその評価を聞いた。「大間マグロといっても、全てがいいわけではない。大間のどの漁師が揚げたかによって品質は大きく違う。大間の名前にプライドを持っている漁師は必ず築地にも視察にやってきますし、そこまでしなくても、気になる品物があれば「今日のはどうだった?」とか連絡してきます。
・漁師によってマグロの品質が違うとはどういうことか?マグロの品質の善し悪しは、ある程度目利きによって分かるというが、それでもやはり、商品としては扱えない「事故品」と呼ばれる粗悪品が紛れ込んでしまう場合があるそうだ。その代表的な物がヤケを起こした魚である。ヤケとは、体温の急上昇によって魚の身が変質した状態だが、人間が普段やらないような急激な運動によって筋肉に炎症を起こし、腫れて痛みが発生しているのと同じ状態を指す。「無理矢理釣り上げようとするとマグロは抵抗して体をよじる。この時にヤケは起きるんです。腹を割って初めて分かるのですが、背の赤身の部分が茶色く焼けたような状態になっています。美しさが身上のマグロですから、この部分は売り物にならない。あまりにひどいものは事故品という扱いで、競り落とした後からでも支払いを協議する場合があります」確かに、同じ大間の漁師でも、エサや釣り方だけでなく、マグロが針に食いついた瞬間から釣り上げるまでの過程に違いがあった。暴れるマグロを強引に力技で引き揚げようとする人。時間をかけてマグロを遊ばせ、暴れないように慎重に釣り上げる人。どちらが釣り上げたマグロも「大間のマグロ」として競りにかけられる。
・ヤケ以外にも「打ち身」「キズモノ」と呼ばれ、輸送の最中にぶつかって魚体が黒く変色したものや、銛など漁具によって傷がつき、そこから菌が入って腐敗したものまで様々である。しかし、マグロの品質を左右する最大のポイントは、釣り上げてから漁師が船上で施す血抜きと神経締め、そして冷やし込みである。これらの作業は、海に浮かぶ船の上で行われる。釣り上げてもなお「もう一匹」と逸る気持ちを抑え、時には波によって3mも揺れる中でこの作業を済ませなければならない。漁師の側からすれば、釣り上げさえすればこっちのものと思いたくなるが、豊洲市場の側からすると、釣り上げてからこそが本当の勝負なのである。漁師が施した処理の如何によってマグロの身質は刻々と変化する。「同じ大間でも「あの船のやつはまたヤケだよ」とか、「あの船の魚は血抜きが徹底しているから身質がすこぶるいい」とか。こうした情報もまた目利きには重要なんです。ブランドとは、高品質を保つための地域の努力によって作られるものです。
・豊洲市場はお世辞にも交通の便がいいとは言えない。一番アクセスがいいのは、「新交通ゆりかもめ」に乗って、豊洲市場に隣接する「市場前」という駅で降りるコースだ。新橋駅からも都営バスも出ていて、豊洲までの所用時間はいずれも30分程度である。ただし生のマグロの競りを見学したい人は、これらの公共交通機関は使えない。マグロの競りは午前5時、または5時半から始まるので、始発に乗っても間に合わないのだ。その場合はタクシーを利用するしかない。マグロの競りは水産卸売場2階の「見学者通路」からガラス越しに見下ろすのが一般的だ。ただガラス越しでは競りの勇壮な雰囲気が伝わらないので、事前の抽選申し込みが必要だが一階の見学者デッキを利用する方法をお勧めする。申し込み方法については豊洲市場のウェブサイト等を確認して欲しい。
・マグロが高級化するきっかけとなったのが「トロ」の誕生だ。東京・日本橋に「吉野鮨本店」という1879年(明治12年)創業の鮨屋がある。魚河岸が日本橋にあった時代に屋台として創業し、現在に至るそうだ。赤酢と塩のみで仕上げるシャリは昔ながらの製法で、鮨種も穴子、コハダ、タコ、イカ、シャコなど江戸前の伝統を今に継承する。1939年生まれの4代目店主・吉野正二郎は、昭和30年代まで、マグロは下魚として扱われ、東京の高級な鮨屋では敬遠されていたと証言する。かつてマグロは遠方から運ばれてきていたため、魚河岸に到着する頃には鮮度が落ち、脂の乗った腹身部分は色が褐色に変わっていて、今のような味わいは望むべくもなかったのだ。だからこそ、料理人はマグロの部位の中でも、骨に近く色が変わりにくい「赤身」の部分だけを買い求めた。つまり今では「大トロ」や「カマ下」などと言って珍重されている「腹」の部位は人気がなかったのだ。特に魚河岸ではマグロの腹は「アブ」と呼んで見向きもしなかた。そんな「アブ」を初めて「トロ」という言葉で呼び、鮨種として商品化したのが正二郎の先々代にあたる人物だった。大正時代、吉野鮨ではすでにマグロの赤身を握っていた。ある時、赤身を切らした際に客の目を盗んでアブを握った。醤油に酒とみりんを合わせてひと煮立ちさせた「煮切り醤油」をつけて出したところ、大好評を得る。やがて客の一人が「口の中でトロッと融けるから、トロと呼んだらいいんじゃないか」と主人に提案した。その一言でアブはトロと呼ばれるようになり、店の看板メニューになって全国に広がった。
・「初競り劇場」と呼ばれるようになったマグロの初競りは、いつしか正月の風物詩となった。その年の1番マグロはどこで獲れた何キロのマグロで、いくらだったか。そして何より、誰が競り落としたのか。かつては漁業関係者しか知り得なかったこうした情報が、新年の全国ニュースで報じられるまでとなったのだ。しかし2001年の2020万円の記録は簡単には破られなかった。「ご祝儀相場」とはいえ、しばらくは4、5百万円台が続く。地殻変動の予兆が見えたのが2008年。彗星のごとく現れた香港人がいた。人気鮨チェーン店「板前寿司」の代表リッキー・チェンである。リッキーは、やはり国産本マグロを看板商品とする仲卸の「やま幸(やまゆき)」とタッグを組んで外国人で初めて一番マグロを607万2千円で競り落とした。当時私はリッキーを取材していた。リッキーは「香港の寿司王」の異名をとっていた。19歳で鮨職人に憧れて来日。当時、客単価1万5千円は下らない江戸前鮨の世界にのめり込みつつも、いつか世界中の人に、リーズナブルな値段で本格的な鮨を食べさせたいという夢を抱く。修業を終え香港に帰国したリッキーは、日本の熊本のご当地ラーメンである「味千ラーメン」のチェーン展開を成功させ、青年実業家として、念願だった寿司ビジネスっへ参入しようと再び来日していた。しかし、信用こそが物を言う閉鎖的な河岸社会の洗礼を受け辛酸をなめる。築地でマグロを買おうとしても、外国人というだけで門前払い。商売すらさせてもらえなかったのだ。そんな矢先、日本で海産物の流通ビジネスを手掛ける中村桂と出会う。リッキーは中村を通じて日本の水産業界に独自のパイプを確立。2004年、香港で板前寿司を創業。3年で店舗を5つ増やし07年には日本を代表する鮨屋がひしめく東京・赤坂に日本第一号店をオープン。中村はリッキーに口説かれ「板前寿司ジャパン」の社長に就任した。中村は赤字覚悟で店では1年を通じて国産本マグロを提供した。赤身1貫158円。最高級の大トロでも1貫398円だった。このスタイルは繁盛店となった今も変わらない。そんな時、ディレクターとしてテレビ番組を制作した経験を持つ中村はあるアイディアを思いつく。「初競りで最高値の国産本マグロを買ってマスコミに取り上げてもらおう、そうすればうちが普段から国産本マグロを使っていることを知ってもらえる。初競りはその象徴の日になると思ったのです」こうしてリッキー率いる板前寿司は2008年初競りの1番マグロに目をつけ、その争奪戦に名乗りをあげたのだった。この宣伝戦略が大当たり。一夜にして板前寿司は行列のできる人気店になったのだ。
・静岡・清水港。ここは日本有数のマグロの水揚げ基地として知られている。ただ、マグロと言っても「生」ではなく、本マグロでもない。はるか遠く赤道直下のインド洋、太平洋で水揚げされた「冷凍」のミナミマグロが主体だ。豊洲市場では、獲れた場所がインド洋なので「インドマグロ」もしくは「インド」と呼ばれている。このミナミマグロの旨さを日本中に知らしめた名店がある。それが清水にある「末廣鮨」だ。店のカウンターには、ミナミマグロのカマトロ、大トロ、中トロ、赤身が並び、その美しさはカウンターに座った客を魅了する。古くから清水は遠洋漁船の基地で、マグロと言えば生ではなく冷凍が当たり前だった。現在もミナミマグロは冷凍以外では手に入らない。
・私は仕事柄、よく「生のマグロに比べると冷凍マグロは味が落ちるんですよね」と尋ねられる。確かに「冷凍」というと味が落ちるという先入観がある。事実、「生」と「冷凍」では商品としての価値に明らかな差がある。豊洲市場では生の国産マグロが頂点に君臨し、冷凍のマグロはいわゆる二番手、もしくは、それ以下の扱いだ。世の中に出回る8割のマグロが冷凍であるという現実が、生のマグロの希少性をより高めている。キロ単価も生に比べるとかなり安いので、銀座や日本橋など繁華街に店を構える鮨店は「本マグロ」をそれ以外の街場の大衆店が「冷凍マグロ」を使う傾向にある。
・清水の冷凍マグロは「延縄」で獲られているが、釣り上げられたマグロは一本釣り同様、その場で内臓を取り、血抜きと神経締めの手当が施される。遠洋の船の船頭は日本人だが、作業をするのはフィリピン人やインドネシア人の乗組員だ。けれども日本式の緻密で迅速な手当が徹底した船は「あの船はヤケが少ない」と評価も高くなる。解体したマグロは船倉にある冷凍庫で零下70℃から50℃で凍結される。一度遠洋に出た船は半年以上漁場で操業し、船倉がマグロでいっぱいになると清水に寄港する。
・冷凍マグロの味の評価だが、それ以前に本マグロとミナミマグロを比べると、やはりミナミマグロはやや大味に感じられてしまう。また独特の香り、酸味はそれが季節によって変化する生の本マグロに軍配が上がる。冬は鉄分を強く感じる。鼻の奥に抜ける高貴な香り、春から夏にかけてはさっぱりとした淡い香り。この香りと酸味は、季節、漁場、漁法、処置によっても変わる。マグロが置かれた状況によって変化する味わいの多様性は「生」ならではの醍醐味だ。本わさびとの相性も抜群である。しかし鮨を重視する場合には、ミナミマグロに軍配を上げる人もいる。ミナミマグロのトロの部分には見事なサシが年中入っているのだ。口に入れると、濃厚で甘い脂が広がる。そして、ああマグロのトロを食べたという感慨が押し寄せてくる。特に夏場の脂が薄い本マグロと比べると歴然とした差が出る。その上、ミナミマグロの相場は本マグロに比べると圧倒的に安く、需要も安定しているので、食べ手の側からすると、お財布を気にせず食べることができるのも大きな魅力だ。しかも、一度冷凍したマグロは2年程度は味が変わらないという。近年、冷凍技術の飛躍的な進歩によって、冷凍マグロは着実に旨くなっている。解凍の方法さえ間違わなければ、生と比べても、冷凍はほぼ遜色がないと言い切っていいだろう。
・鮨屋には大きく分けると3つの注文の仕方がある。
〇お決まり
あらかじめメニューにある金額を見て、5千円なら5千円と値段で注文する方法。店はその値段の中で、旬の鮨種をやりくりしてくれる。
〇おまかせ
店の主人に、好き嫌いだけを伝えて、あとは予算も含めて全てをまかせる注文方法。その日一番の食材にありつくことができる。
〇お好み
好きな鮨種を好きな順序で自由に注文する。