『中日新聞』の特報欄に「日本や海外で弱者への暴言なぜ」(2016/10/6付)という記事が載った。その一部。
フリーアナウンサーの長谷川豊氏(41)が、自分のブログに人工透析患者を中傷する記事を書き、多くの批判を受けてテレビ大阪の報道番組から降板した。長谷川氏に限らず、社会的弱者を攻撃することで、注目を集めようとする例は後を絶たない。背景には、そんな暴言を求める人たちがいるのではないか。いわば需要と供給の関係が成り立つ「市場」。こうした現象は日本に限らず、暴言が社会に及ぼす傷は深い。この「市場」は解体できるのか。
◆中流確認欲求、需給生む
問題となった長谷川氏のブログの記事の題名は、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡(ほろ)ぼすだけだ!!」。
こうした暴言がネットの上で飛び交っている。要するに、暴言により注目を浴びたいのだ。しかし、平気でこうした暴言を書き込むことができる人格に、疑問をもつ。
暴言を書く者は、どちらかというと「成功者」のようだ。というのも、長谷川の暴言の背後に同じ志向を持つ医師集団がいるようなのだ。
http://lite-ra.com/2016/10/post-2606.html
強者としての欲望の飽くなき追求を当然視し、弱者への配慮や理性的な想像力を欠く者たち。日本社会の分裂が、新自由主義的な政策展開を背景に、露出してきている。その分裂の最先端に、新自由主義政策の中で「成功」している者がいる。
私は以前から、「差別」の存在の背後には必ず公的権力のそれを肯定する姿勢や政策が存在すると主張してきた。こうした暴言も同様である。
公的権力の政策を変えることが、私たちに求められている。