最近、某所での講演レジメをもとにして、伊藤野枝論を簡単にまとめて小冊子をつくった。
栗原康の『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)が、あたかも野枝が欲望のままに生きていたかのような暴論を主張しているので、それに対する反論である。
だいたいにして、栗原の本は乱暴である。
たとえば女性労働運動家の山内みなが、野枝との関わりを自伝で書いている。
みなは、野枝からこう言われたと記している。
「あなたは労働者だから、労働者はどうしたら解放されるか勉強しなさい、社会主義でなければだめだということがわかるでしょう、本を送ってあげます」(『山内みな自伝』新宿書房、1975年、56頁)
野枝は、実際にみな宛に本を友愛会本部へ送ってきた。
しかし、栗原の『村に火をつけ・・・』は、みなのことばをこう記している。
「あなたは婦人労働者として、どうしたら自分が解放されるのか、もっと勉強してください。社会主義じゃなきゃダメなんです、なんでわからないの」(139頁)
みなが他の文献でこう記しているのなら格別、栗原の本には、先ほどの『山内みな自伝』が「参考文献」として掲げられているだけだ。
見られるように、みなが書いたことが、見事に脚色されている。栗原の本が恣意的であることが、これだけで判明するというものだ。
私は、栗原が書く評伝というか伝記については、あまりに自己投影していて、読んでいて気分が悪くなるほどだ。
栗原康の『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)が、あたかも野枝が欲望のままに生きていたかのような暴論を主張しているので、それに対する反論である。
だいたいにして、栗原の本は乱暴である。
たとえば女性労働運動家の山内みなが、野枝との関わりを自伝で書いている。
みなは、野枝からこう言われたと記している。
「あなたは労働者だから、労働者はどうしたら解放されるか勉強しなさい、社会主義でなければだめだということがわかるでしょう、本を送ってあげます」(『山内みな自伝』新宿書房、1975年、56頁)
野枝は、実際にみな宛に本を友愛会本部へ送ってきた。
しかし、栗原の『村に火をつけ・・・』は、みなのことばをこう記している。
「あなたは婦人労働者として、どうしたら自分が解放されるのか、もっと勉強してください。社会主義じゃなきゃダメなんです、なんでわからないの」(139頁)
みなが他の文献でこう記しているのなら格別、栗原の本には、先ほどの『山内みな自伝』が「参考文献」として掲げられているだけだ。
見られるように、みなが書いたことが、見事に脚色されている。栗原の本が恣意的であることが、これだけで判明するというものだ。
私は、栗原が書く評伝というか伝記については、あまりに自己投影していて、読んでいて気分が悪くなるほどだ。