日本は安い。そう、その通り。日本の高付加価値ブランド、バブル時代、世界一高いと言われた日本の地価などを知っている人なら、これは驚き、あるいは仰天することだろう。
確かに、これまでの常識に反している。しかし、数十年にわたる賃金の低迷、デフレ、そしてアベノミクスによる打撃は、日本を世界のダイソーに変えてしまった。
例えば?141カ国中、日本は4番目に初任給が低い国だ。ディズニーランドへの入場料が最も安い。そして、日本のビッグマックの価格は、新興国並みである。
世界第3位の経済大国が「安い」ために払っている高い代償は、今年最も話題になったベストセラーの一つ、『チープ・ジャパン 物価が示す停滞』(日本経済新聞出版社、2021年3月8日)である。日本経済新聞社の金融記者、中藤玲による本書は、インフレを誘発するための複数の施策が失敗し、一部の物価が新興国並みに下落している現在の日本の惨状を描いている。
マクロ的には、日本は物価だけでなく、人材面でも「安い」国になりつつある。新卒の初任給が異常に低く、人手不足に拍車がかかり、頭脳流出に直面している。中藤氏は、日本は観光に依存した貧しい国になりつつあり、若くて優秀な人材が、より良い給料と労働条件の仕事を求めて国外に流出してしまうと主張する。
30年前は世界一物価の高い国だっただけに、驚くほどの落ち込みようだ。
物価が上がらない国
日本は物価が高いというイメージがあるが、裕福な国から訪れると、驚くほど低価格のものがたくさんある。
アメリカでは1泊1400ドルするような高級ホテルが、日本では700ドルで泊まれる。おいしい牛丼が300円(2.61ドル)、安いビッグマックが390円(3.39ドル)と、アメリカでは半額(5.74ドル)よりやや高い値段で食べられるのだ。
家族で楽しむなら、ディズニーランドの中で日本が最も入場料が安い。また、ショッピングはどうだろう。近年、日本の小売業で世界的な成功を収めているのが、安い商品がたくさんあることで知られるダイソーだ。ダイソーのコンセプトは「100円ショップ」、つまり100円均一である。もちろん、今では200円、300円、それ以上の商品もたくさんあるが、そのコンセプトは揺るがない。安いものはここで買おう。最近の数字では、ダイソーは海外26カ国・地域に2248店舗を展開している。韓国には1365店舗、タイには120店舗、アラブ首長国連邦には44店舗がある。しかし、100円で買えるのは日本だけである。
日本よりはるかに「貧乏」と思われているタイでは、ほとんどの商品が210円程度(タイの通貨)で売られているのに対し、アメリカではだいたい173円程度である。これは、現地の観光業界にとっては、新たなセールスポイントとなる朗報である。
中藤氏は、「日本の観光ブームを支えているのは、他国より圧倒的に安い商品やサービスである」と書いている。"外国人観光客による消費額は、2018年には2013年の3倍の4兆5200億円(416億ドル)に達した"
もちろん、これには、東京が最近力を入れているサービス経済のアップグレード、中央政府が行っている観光振興キャンペーン、近年のビッグイベントである2019年ラグビーワールドカップや2020年オリンピック・パラリンピックが大きく関係している。
そうすれば、海外からの観光客も笑顔になれるかもしれない。しかし、日本が低賃金・低価格の永久ループに陥っているからこそ、ダイソーは日本で大きなビジネスができている。
ここが問題なのだ。なぜ、これほどまでに低価格なのか。それは、日本が貧しい人々の国になってきているからだ。「安い」と「貧しい」の境界線は曖昧である。
安かろう 悪かろう
なぜ、このようなことが起こってしまったのか。中藤は明確な答えを一つも出していないが、様々な理由を提示している。特に目立つのは、第一生命経済研究所の永濱利廣チーフエコノミストの言葉だ。「一言で言えば、日本の長いデフレが、企業の価格転嫁のメカニズムを破壊してしまったということだ。製品価格を上げられないと企業は儲からない。儲からないと給料が上がらない。給料が上がらないと消費が伸びず、結果的に物価が変わらない。こうして、日本の "購買力 "は弱まっている」と述べた。
人々が、休暇を過ごすために日本に来ている(少なくとも COVID-19に襲われる前はそうだった)のは、日本が安いからだということ、これは驚くべき発見である。
そして日本は、購買力の低下だけでなく、交配する力の低下にも悩まされている。日本は高齢化と人口減少により、長年にわたって労働力不足が続いている。一方、慢性的な労働力不足は、ロボットが働くホテルのフロントデスクや運転手のいない電車など、革新的な解決策をもたらした。
また需要と供給のバランスが崩れているため、賃金はあまり上がっていない。インフレ調整後の実質賃金は過去30年間のほとんどで下落し、実質的には20年前とほぼ同じ水準にとどまっている。
しかも、福利厚生が充実していない「非正規雇用」の労働者が増えている。この低賃金の非正規労働者の急増が、新たな下層階級を生み出している。1980年代に労働力人口の15%であったが、現在では40%近くになっている。
正社員の時給は通常2500円(21ドル)、これに対し派遣社員は1660円(14.42ドル)、パートタイマーは1050円(9.12ドル)に過ぎない。また、非正規労働者は、会社の健康保険や正規労働者のような特典を受けることはほとんどない。
性差も関係している。日本がガラスの天井の低さで有名なことはよく知られている。性差別が国民の貧困を助長しているというのは、そうではない。しかし、だからといって、それが真実でなくなるわけではない。
ひとり親家庭の相対的貧困率では、日本が最も高く、50%近くを占めている。しかし、日本のシングルマザーの就業率は87.7%で、OECD諸国の中でトップクラスである。つまり、他の国のシングルマザーよりもずっと頑張って働いているのに、それでも貧しいというのは、彼らの給料が悲惨な額であることを指し示しているのである。
厚生労働省が11月に発表した年次報告書によると、2020年の日本の自殺者数は912人増の2万1081人となり、2009年以来の増加となったことがわかった。増加の原因はパンデミックとされているが、それがすべてを物語っているわけではない。
男性の自殺者数は11年連続で減少したものの、女性の自殺者数は15%増加し、2年ぶりに増加した。低賃金の「非正規」労働者の7割が女性であることは、偶然ではないだろう。
一方、運良く出世の階段を上った人たちは、幸先の悪いスタートを切っている。
コンサルティング会社のウィリス・タワーズワトソンが、2019年の世界各国の大卒1年目の年間基本給を調べたことが、本書で明らかにされている。アメリカは平均629万円、ドイツは531万円、フランスは369万円、韓国は286万円となっている。しかし、日本の新卒初任給は262万円で、114カ国中4番目の低さだった。これはスイスの初任給902万円の3分の1である。
貧困がよくないことであることを説く日本人は中藤だけではない。
投資など、長年のトレンドが逆転していることもある。日本は "世界の工場 "と呼ばれるほど巨大な投資国だが、中国の国有企業CITICグループは日本の中小企業14社を買収しその技術や労働力を吸収している。
もちろん、それは単なる国境を越えた資本移動に過ぎない。それよりも重要な発見は、労働力の移動である。つまり、頭脳流出が始まっていることを示唆しているのだ。
経済学者の野口悠紀雄・一橋大学名誉教授は、毎日新聞の記事でこう書いている。「20年後、日本人は中国に出稼ぎに行くだろう」。10年前なら、この発言はナンセンスと一蹴されたことだろう。実際、中国にはすでに日本人の出稼ぎ労働者がいる。しかも、日本人にとってショックなのは、その多くが国を代表する産業から生まれていることだ。
アニメは日本を象徴するものだ。日本が誇る文化輸出の代表格であり、アニメの分野では世界的に高い評価を得ている。しかし、そのアニメを制作するアニメーターの賃金は、驚くほど低い。日本アニメーター・演出協会の調査によると、アニメーターの54.7%が年収400万円以下で、中小企業の若手アニメーターは月収9万円も珍しくない。こうした低賃金と重労働に嫌気がさし、仕事の質が向上し、急成長している中国市場に人材が次々と流出しているという。
日本に活路はあるのだろうか。
(以下略)