6月12日、mass×mass関内フューチャーセンターにて、第109回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。
今回の講師は、株式会社野村総合研究所の吉田吉徳様。今回のテーマは、超アナログな「ぼろ屋」の世界に生きている僕にとって、あまり良く分かっていない分野。しかし何人も最早無縁でいることはできないIT技術の世界。1時間半という限られた時間の中で、最近特に重要なキーワードのいくつかについてお話しいただきました。タイトルは、「最新IT技術の動向とその未来」
IT技術の発展が全ての人々にとって無縁ではいられないことの一つの分かりやすい表れが、現在世界経済の大きなリスクとなっている米中貿易摩擦です。これはITの観点から見ると、通商問題の枠を超え、第5世代のIT技術を巡る米中の覇権争いとして捉えることができます。IT技術は経済的、軍事的優位性の基盤となることから、まさに冷戦終結後の世界の新たな覇権をめぐる争いということができるでしょう。
1.最新IT技術の動向
今回取り上げられた、何だかわからなくてもよく耳にするキーワードを順にご紹介します。初めに、RPA(Robotic Process Automation)。読んで字のごとく、ソフトウェアロボットによる知的生産業務の自動化のことです。従来、人間がコンピュータの画面上で行っていた幾つもの業務プロセスを、ロボットが自動処理したり情報収集したりして代わりに処理していきます。今回、デモ動画を見ましたが、本当に会社の経理業務など全て自動でできてしまうような感じです。尤もRPAにもまだ苦手な分野があり、例えば手書き情報の読み取りであったり、意図の理解が必要な業務であったり、プロセス変更が頻繁な業務などには適していないようです。
5G(5th Generation)、前述の第5世代の通信規格のことです。この分野は、実は中国が一歩先を行っており、この分野を支配した者があらゆる産業において優位に立つことから、アメリカとの摩擦が激化しているのだそうです。簡単に言うと、現在の4Gと比べ、通信速度において20倍~100倍、通信遅延が10分の1、同時接続数が100倍となることから、自動運転や医療分野などでのIT技術の活用が飛躍的に高まることが期待されています。
IoT。最初見た時は絵文字だと思っていましたが、Internet of Thingsの略です。通信により機器と機器がやり取りすることにより、我々の日常生活の身近なところまで自動化が可能になります。例えば、雨が降りそうだったら洗濯物を自動的に取り込んでくれるとか(その前に、「洗濯物を干す」という行為の方が無くなりそうですが…)。そしてこれらを実現、普及するための安価な通信ネットワークであるLPWA(Low-Power Wide-Area Network)。
IoTは既に本格的な普及期に突入しており、我々の生活のあらゆる分野に急速に浸透してきています。そうした先にどのような未来が待っているのか?それを予言したのが、ジェレミー・リフキンの『限界費用ゼロ社会』です。
限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭 | |
柴田裕之 | |
NHK出版 |
2.IT技術発展の先にある未来
「限界費用」というのは経済学の用語で、生産量が1単位増加した時の生産費用の増加分のことを言います。一方、生産量が1単位増加した時の収益の増加分のことを「限界収益」と言います。理論上、限界費用<限界収益であれば利潤が増える余地があるということになります。ということは、利潤が最大化するのは、限界費用=限界収益の時です。
限界費用ゼロとは、IT技術の発展によりあらゆる生産をITが代替することで、費用が極限まで下がる、つまり「無料化」する現象のことです。そうすると、究極的にあらゆる企業は利益を生み出せなくなり、資本主義のシステムそのものが停止するということになります。
リフキンが2014年にこの説を打ち出した時、驚きをもって迎えられたようですが、個人的にはオーストリアの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターが100年近くも前に言っていたことと同じことであるように思えます。シュンペーターも完全競争が想定する市場均衡は、市場経済の停滞であり、企業の利潤が消滅すると考えていました(元の理論が同じなので当然です)。また、その過程で経済を寡占した巨大企業(現在のGAFAがそれにあたるのかどうか分かりませんが)は官僚組織化して活力を失い、資本主義はやがて社会主義へと移行していくとも予言しました。資本主義の原動力である創造的破壊は、結局また限界費用を下げ、停滞へと向かわせることになりますので、そこには本質的にパラドックスが存在すると言えます。
リフキンは、そのような未来においては、協業型コモンズでのディープ・プレイ(市場ではなく、シビル・ソサエティで人々が才能や技能をシェアし、社会関係資本を生み出すこと)が重視され、社会関係資本の蓄積が市場資本に劣らぬほど重視されると述べています。シュンペーターもまた、市場経済が停滞する世界においては社会福祉や公共経済などの分野に革新の機会を求めるべきであると述べていました。実際その様な世界が訪れるのかどうか分かりませんが、ひょっとすると人類が20世紀に経験したのとはまた違った形の社会主義が現われるかもしれないと考えるのは、ナイーブすぎるというものでしょうか。
さて、番外編です。最後は、吉田さんが趣味でされているエアロビクスの披露がありました。
過去のセミナーレポートはこちら。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした