ヨハネス・フェルメール 「窓辺で手紙を読む若い女」 ドレスデン国立美術館展から

国立西洋美術館
ドレスデン国立美術館展(6/28~9/19)
「ヨハネス・フェルメール -窓辺で手紙を読む若い女- 」(1659年頃)

輝かしい光を呼び込むように、大きく開かれた窓越しに佇むのは、姿勢を正しながらもうつむき加減に手紙へ視線を落とす一人の女性です。前景のカーテンやタペストリー、または果物や背もたれだけが見える椅子と、作品の空間は決して簡素ではありませんが、この女性にまつわる物語を排除するような、極めて静謐な雰囲気が漂っています。今、国立西洋美術館で開催中の「ドレスデン国立美術館展」で最も注目されている、フェルメール初期の風俗画として名高い「窓辺で手紙を読む若い女」です。

この作品で最も素晴らしく感じたのは、各素材の質を徹底して塗り分けたフェルメールの卓越した表現力です。毛布のような厚手のテーブルクロスと、紙のようにゴワゴワとしたカーテン、それに女性の上半身をまとう衣服は、どれも厚塗りで仕上げられていて、極めて高い質感を見せています。特にテーブルクロスは、窓から差し込む光を吸収しては解き放つように息づいていて、まるで点描画を思わせるような繊細なタッチで、光の粒子が端正に描き込まれています。大きな器からテーブルへ転げ落ちるように置かれた果物の質感と同様に、光をこれほど率直に絵具で表現できることは、技法的には確立されていたとしても、殆ど奇跡を思わせる世界です。カーテンに当たる光は、やや明かりが強過ぎるようにも思えましたが、シワの自然な連なりや、下部の糸に見られる細かい部分の表現にも目を奪われます。

一方で、開け放された窓にかかる柔らかなカーテンや、滑らかな生地感を思わせる黒い女性のスカートは、薄く塗られた絵具の効果もあってか、実に穏やかに配置されていました。また、光のグラデーションが巧みに表現された壁面の大きな空間も、決して主張し過ぎることがありません。まるで、カーテンやテーブルクロスなどの質感とのバランスに配慮しているかのようです。窓枠の外の部分で見せる、白い光の輝かしくも落ち着いた気配と合わせて、この作品の静謐さを最も美しく表現した部分だと思いました。

構図については専門的なことが全く分からないので何とも言えませんが、キューピットの絵を消して描かれたいうカーテンの存在は、その結果大きくとられた壁面と合わせて、視点を手紙を読む女性に集中させる上に、視点を右から左、つまりカーテンから窓へ向かわせる効果があるように思います。また、上部のカーテンレールと、下部に伸びる暗い影は、半ば上下対称的な配置になっていて、その内側の部分をクローズアップするような効力を持っているようにも感じました。物語性こそ希薄な作品ですが、当然ながら視線の核にあるのは女性です。(そしてその女性の表情は、窓ガラスに映った影で朧げに分かります。ハッキリと見せないところが、また謎めいた要素を生み出して、物語を付け加えさせないのかも知れません。)

カーテン越しに覗き込むような構図の上に、部屋で女性が手紙を読んでいるというプライベートな空間は、仰ぎ見るよりも、手に取るようにして近づいて見た方が、よりその魅力を感じられると思います。その点では、西洋美術館の展示位置は少々高すぎて、妙に勿体ぶった気配があったかもしれません。作中には、手紙と女性との関係など、物語の背景の明快な解答がなく、全てが暗示的に与えられています。そこがまた、「一度見たら満足。」ということを許さずに、見終わっても後ろ髪をひくような気持ちにさせるのかもしれません。「一目惚れ」とはいきませんでしたが、内に秘めた魔力的な魅力を感じる作品でした。
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