都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「古賀春江の全貌」 神奈川県立近代美術館葉山館
神奈川県立近代美術館葉山館(神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1)
「新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌」
9/18-11/23
大正から昭和にかけて僅か38年余りの人生を駆け抜けた画家、古賀春江の業績を振り返ります。神奈川県立近代美術館葉山館で開催中の「新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌」へ行ってきました。
古賀春江(本名、亀雄)
タイトルに「全貌」とあるのもあながち誇大表現ではありません。会場には初期から晩年までの水彩から油彩、またスケッチなど計120点ほどの作品が一同に展示されています。おそらく古賀春江についての作品や資料がこれほど集まることはもうないかもしれません。極めて充実していました。
構成は以下の通りです。
第一章 センチメンタルな情調 1912-1920
第二章 喜ばしき船出 1921-1925
第三章 空想は羽搏き 1926-1928
第四章 新しい神話 1929-1933
時代別に4つに区分し、画業の特徴を明らかにしていました。
1 画業初期~水彩画とセザンヌ~
ともかく古賀というと、チラシ表紙にもあるようなシュールレアリスムの印象がありますが、実は「カメレオンの変貌」とも呼ばれたようにその画風を目まぐるしいほどに変化させています。
「竹林」1920年 水彩、紙 福岡県立美術館
水彩画家としてスタートした古賀は当初、巴水画を連想させる情緒溢れる「柳川風景」などを描いていますが、一転して「婦人像」や「竹林」など、セザンヌの色面を思わせる作品も次々と手がけていきます。そのカメレオンぶりはこの初期の頃から伺い知れるのではないでしょうか。何の画風をもって古賀春江なのかという問いは早くも突き放されてしまいました。
2 二科展入選後~前衛とキュビズム~
1917年に二科展に入選した古賀は以降、主にキュビズムの影響を受けた画風を展開していきます。
「埋葬」1922年 油彩、キャンバス 知恩院(京都国立近代美術館寄託)
ここでショッキングなのは「埋葬」です。これは生まれてくるはずの我が子の死に着想をうけた一枚ですが、その子を中央に囲み、暗がりの抽象色面に集う群衆表現は未来派を思わせるものがあります。なおこの作品については下絵もあわせて展示されています。そうした本画との対比も見所の一つでした。
しかしながらこの時期の画風を単純にキュビスムと捉えると全体を見誤ります。あたかもハンマースホイの室内を和の空間で仕上げたような「室内」や、日本画的な平面性を思わせる「手をあぶる女」など、一筋縄ではいかない古賀の多様な作風は目まぐるしく展開していました。
3 詩人・古賀春江~クレーの幻想世界
今回の展覧会で一番重要なのは古賀が深く傾倒していた文学の領域、つまりは詩作であるとしても過言ではありません。
実際に古賀は絵の解題詩を含めていくつかの詩を残しましたが、それが特に活発だったのがクレーの影響を受けていた頃でした。
「美しき博覧会」1926年 水彩、紙 石橋美術館
1926年の「赤い風景」でクレーの画風を初めて取り入れた古賀は、自らのわき上がる様々なイメージをクレーに重ね合わせて展開していきます。得意とする水彩にてメルヘンの世界を描いた「美しき博覧会」はまさにクレーを思わせる一枚ではないでしょうか。
「蝸牛のいる田舎」1928年 油彩、キャンバス 郡山市立美術館
それに緑色の色面で分割された野山に可愛らしい動物や家が並ぶ「蝸牛のいる田舎」も同じような作品だと言えるかもしれません。全体的に古賀はクレーよりも具象的なモチーフを描き入れながら、このような幻想の世界を次々と作り上げました。
4 シュールレアリスム 海と詩と古賀
結果的に晩年、彼はブルトンの影響のもと、シュールレアリスムの表現へと変化していきます。そしてここでも注目すべきはやはり解題詩、つまりは作品にあわせて記された詩でした。
「窓外の化粧」1930年 油彩、キャンバス 神奈川県立近代美術館
晴天の爽快なる情感、蔭のない光。
過去の雲霧を切り破つて、
埃を払った精神は活動する。
…
世界精神の糸目を縫う新しい神話がはじまる。
何やら謎めいたこの有名な作品も、あわせて紹介された解題詩から入ると不思議とすんなりとイメージが開けてくるのではないでしょうか。
そしてもう一つ、これらの作品を見る上で重要なポイントがあります。古賀は雑誌図版などのモチーフをそのままコラージュするかのように絵画に取り入れましたが、その元になる資料もあわせて展示されていることです。また例えばこの「窓外の化粧」も下絵からどのように完成作へと変わったかなども明らかになっています。意外な素材と組み合わせに目は釘付けでした。
病気のために38歳で亡くなった古賀は次の展開もまた見定めていたのでしょうか。同時期の作品の中には、簡単にシュルレアリスムと括れない作風も含まれていました。言わば永遠に未完な画風こそがむしろ古賀の魅力であるのかもしれません。
古賀は東近美の常設でよく見かけますが、それでも知らない作品が多数出ているのには驚かされます。色々と事情があるのかとは思いますが、これだけの規模でありながら竹橋へ巡回しないのが不思議でなりません。
なお会期中、一部油彩画の他、全ての水彩、デッサンに関しては入れ替わります。
前期:9月18日~10月17日、後期:10月19日~11月23日
最近まで彼を女性だと思っていたほど何も知らなかった私にとっては十分すぎるほどの展覧会でした。これを原点に、古賀の「新しい神話」を追っかけていくつもりです。
「窓外の化粧」の抜けるようなブルーが葉山の海と重なりました。詩と絵画を通すと古賀の一生を追体験しているような気分にさせられます。
11月23日までの開催です。自信を持っておすすめします。
「新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌」
9/18-11/23
大正から昭和にかけて僅か38年余りの人生を駆け抜けた画家、古賀春江の業績を振り返ります。神奈川県立近代美術館葉山館で開催中の「新しい神話がはじまる。古賀春江の全貌」へ行ってきました。
古賀春江(本名、亀雄)
タイトルに「全貌」とあるのもあながち誇大表現ではありません。会場には初期から晩年までの水彩から油彩、またスケッチなど計120点ほどの作品が一同に展示されています。おそらく古賀春江についての作品や資料がこれほど集まることはもうないかもしれません。極めて充実していました。
構成は以下の通りです。
第一章 センチメンタルな情調 1912-1920
第二章 喜ばしき船出 1921-1925
第三章 空想は羽搏き 1926-1928
第四章 新しい神話 1929-1933
時代別に4つに区分し、画業の特徴を明らかにしていました。
1 画業初期~水彩画とセザンヌ~
ともかく古賀というと、チラシ表紙にもあるようなシュールレアリスムの印象がありますが、実は「カメレオンの変貌」とも呼ばれたようにその画風を目まぐるしいほどに変化させています。
「竹林」1920年 水彩、紙 福岡県立美術館
水彩画家としてスタートした古賀は当初、巴水画を連想させる情緒溢れる「柳川風景」などを描いていますが、一転して「婦人像」や「竹林」など、セザンヌの色面を思わせる作品も次々と手がけていきます。そのカメレオンぶりはこの初期の頃から伺い知れるのではないでしょうか。何の画風をもって古賀春江なのかという問いは早くも突き放されてしまいました。
2 二科展入選後~前衛とキュビズム~
1917年に二科展に入選した古賀は以降、主にキュビズムの影響を受けた画風を展開していきます。
「埋葬」1922年 油彩、キャンバス 知恩院(京都国立近代美術館寄託)
ここでショッキングなのは「埋葬」です。これは生まれてくるはずの我が子の死に着想をうけた一枚ですが、その子を中央に囲み、暗がりの抽象色面に集う群衆表現は未来派を思わせるものがあります。なおこの作品については下絵もあわせて展示されています。そうした本画との対比も見所の一つでした。
しかしながらこの時期の画風を単純にキュビスムと捉えると全体を見誤ります。あたかもハンマースホイの室内を和の空間で仕上げたような「室内」や、日本画的な平面性を思わせる「手をあぶる女」など、一筋縄ではいかない古賀の多様な作風は目まぐるしく展開していました。
3 詩人・古賀春江~クレーの幻想世界
今回の展覧会で一番重要なのは古賀が深く傾倒していた文学の領域、つまりは詩作であるとしても過言ではありません。
実際に古賀は絵の解題詩を含めていくつかの詩を残しましたが、それが特に活発だったのがクレーの影響を受けていた頃でした。
「美しき博覧会」1926年 水彩、紙 石橋美術館
1926年の「赤い風景」でクレーの画風を初めて取り入れた古賀は、自らのわき上がる様々なイメージをクレーに重ね合わせて展開していきます。得意とする水彩にてメルヘンの世界を描いた「美しき博覧会」はまさにクレーを思わせる一枚ではないでしょうか。
「蝸牛のいる田舎」1928年 油彩、キャンバス 郡山市立美術館
それに緑色の色面で分割された野山に可愛らしい動物や家が並ぶ「蝸牛のいる田舎」も同じような作品だと言えるかもしれません。全体的に古賀はクレーよりも具象的なモチーフを描き入れながら、このような幻想の世界を次々と作り上げました。
4 シュールレアリスム 海と詩と古賀
結果的に晩年、彼はブルトンの影響のもと、シュールレアリスムの表現へと変化していきます。そしてここでも注目すべきはやはり解題詩、つまりは作品にあわせて記された詩でした。
「窓外の化粧」1930年 油彩、キャンバス 神奈川県立近代美術館
晴天の爽快なる情感、蔭のない光。
過去の雲霧を切り破つて、
埃を払った精神は活動する。
…
世界精神の糸目を縫う新しい神話がはじまる。
何やら謎めいたこの有名な作品も、あわせて紹介された解題詩から入ると不思議とすんなりとイメージが開けてくるのではないでしょうか。
そしてもう一つ、これらの作品を見る上で重要なポイントがあります。古賀は雑誌図版などのモチーフをそのままコラージュするかのように絵画に取り入れましたが、その元になる資料もあわせて展示されていることです。また例えばこの「窓外の化粧」も下絵からどのように完成作へと変わったかなども明らかになっています。意外な素材と組み合わせに目は釘付けでした。
病気のために38歳で亡くなった古賀は次の展開もまた見定めていたのでしょうか。同時期の作品の中には、簡単にシュルレアリスムと括れない作風も含まれていました。言わば永遠に未完な画風こそがむしろ古賀の魅力であるのかもしれません。
古賀は東近美の常設でよく見かけますが、それでも知らない作品が多数出ているのには驚かされます。色々と事情があるのかとは思いますが、これだけの規模でありながら竹橋へ巡回しないのが不思議でなりません。
なお会期中、一部油彩画の他、全ての水彩、デッサンに関しては入れ替わります。
前期:9月18日~10月17日、後期:10月19日~11月23日
最近まで彼を女性だと思っていたほど何も知らなかった私にとっては十分すぎるほどの展覧会でした。これを原点に、古賀の「新しい神話」を追っかけていくつもりです。
「窓外の化粧」の抜けるようなブルーが葉山の海と重なりました。詩と絵画を通すと古賀の一生を追体験しているような気分にさせられます。
11月23日までの開催です。自信を持っておすすめします。
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