「上村松園展」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館千代田区北の丸公園3-1
「上村松園展」
9/7-10/17



東京国立近代美術館で開催中の「上村松園」展へ行って来ました。

初期の珍しい作品から素描までを含めた計100点規模の、まさに「殊玉の決定版」に相応しい展覧会です。実は私自身も松園が大好きで、松伯美術館へ出向いたり山種美術館で作品を追っかけたりしましたが、今回ほどの質と量による松園展を見たのは初めてでした。

構成は以下の通りです。(出品リスト

1章 画風の模索、対象へのあたたかな眼差し
2章 情熱の表出、方向性の転換へ
3章 円熟と深化
1 古典に学び、古典を超える
2 日々のくらし、母と子の情愛
3 静止した時間、内面への眼差し
附章 写生に見る松園芸術のエッセンス

画業を時間軸で辿るとともに、それぞれのテーマから松園芸術の有り様を明らかにしていました。

ともかく見るべき作品の多い展覧会でしたが、ここは私なりの視点で興味深かったポイントを5つほど挙げてみます。

1 初期作における高い完成度と多様性

松園ほど「非の打ち所のない」という言葉が似合う画家もいませんが、その完成されたスタイルは初期作でも十分に堪能することができます。

松園は1887年に京都府画学校に入学後、画壇の重鎮の鈴木松年の塾に通うなどして絵を学びましたが、冒頭の「四季美人」(1892)からして習作期とは思えないレベルに達しています。これは松園が17歳の時に描いたものですが、既に晩期作でも見られる一点の曇りもない女性美が見事に表現されていました。


「人生の花」1899(明治32)年 名都美術館(前期)

また一方で婚礼に向かう花嫁と母を捉えた「人生の花」(1899)は例えば清方流の抒情性を感じさせる一枚です。さらに大和絵風の「義貞匂当内侍を視る」(1895)など、古典主題にも取り組んだ松園の多様な作風は初期の頃から洗練されていました。

2 「透け表現」の魅力

松園と言えばともかく淀みのない線描に裏打ちされた透け表現の魅力を挙げないわけにはいきません。


「楊貴妃」1922(大正11)年 松伯美術館

「楊貴妃」(1922)における障子越しの人物描写、さらには楊貴妃の纏う薄い水色の着衣に妖しげに透けた腕など、一見フラットな画面のようでもそこには奥行きのある空間と立体感が巧みに示されています。

またさらに「簾のかげ」(1929)と「新蛍」(1929)の簾透け対決も見所の一つではないでしょうか。簾をくぐって前を伺う女性という似た構図ながら、後者では蛍が舞って季節の趣を感じることが出来ます。簾や着衣しかり、透け越しに佇む女性の姿は微かに官能的です。透けを描かせて松園の右に出る者はいないと改めて確信しました。

3 艶やかな着物~気品のある美しい色合い

松園の美人画で毎回感心させられるのは、女性たちが纏う着物の柄の美しさです。

三十六歌仙の一人の伊勢大輔が桜を出すシーンを描いた「伊勢大輔」(1929)の装束における色のハーモニーもまた見事ではないでしょうか。こうした細かな線描による絵柄の模様、そして例えば瑞々しい藤色の色彩感など、着衣表現における松園の筆も必見だと言えそうです。

4 力強い意思を秘めた女性たち

力強くまた美しいとは相反する言葉かもしれませんが、私は松園の美人画から当然ながらの美しさとともに、内面の秘められた強い意思を感じてなりません。


「草紙洗小町」1937(昭和12)年 東京藝術大学(前期)

一例として後期に出品予定の「序の舞」を挙げれば十分かもしれませんが、そうした要素は前期出品作の「天保歌妓」(1935)や「草紙洗小町」(1937)でも見出だすことが出来ました。松園の描く女性における時に近づき難いまでの美しさは、何者も近づけない彼女自身の強い意思が表されているからなのでしょうか。

5 おどろおどろしきまでの情念


「焔」1918(大正7)年 東京国立博物館(前期)

しかしながら一転して、激しい感情表現を露にした作品があるのもよく指摘されるところです。中でも「花がたみ」(1915)と「焔」(1918)には言葉を失いました。六条のような生き霊を繊細な筆と大胆な構図で捉え、何も隠さずに描いた松園の人物への冷徹な眼差しには凄みすら感じます。長く垂れた髪の一本一本にまでどこか触れてはならないような妖気がみなぎっていました。

なお「花がたみ」についてはそのデッサンも多数紹介されています。立ち位置や表情の変化など、松園が試行錯誤を踏まえた上で本画に着手していたことが良く分かりました。

ところで最後に触れておきたいのは図録です。実は今回、会場内にキャプションは殆どなく、無心で作品を楽しめるかわりに展示のストーリー性が伝わりにくい部分がありますが、図録の解説はそれを十分に補完しています。また出品リストの裏に一部作品の解説も掲載されていました。こちらも是非見ておきたいところです。

なお本画については代表作を含め15点前後、さらには計約40点弱ある写生については全てが会期途中に入れ替わります。

前期:9月7日(火)~9月26日(日) 後期:9月28日(火)~10月17日(日) 
 *「雪月花」(宮内庁三の丸尚蔵館)の展示期間は10/5~10/17

先日の日曜の夕方にお邪魔しましたが、思っていたよりも会場に余裕がありました。私も後期にもう一度出向くつもりですが、今ならまだゆったりとした空間で松園を楽しめるのではないでしょうか。



公式WEBサイトの「週刊上村松園」が非常に労作です。読み物としても充実しているので是非一度ご覧ください。

週刊上村松園@上村松園展

またとない回顧展です。お見逃しなきようご注意下さい。10月17日まで開催されています。
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