「橋口五葉展」 千葉市美術館

千葉市美術館
「生誕130年 橋口五葉展」
6/14-7/31



近代グラフィックデザインの先駆者とも言われる画家、橋口五葉(1881-1921)の全貌を詳らかにします。千葉市美術館で開催中の「生誕130年 橋口五葉展」へ行ってきました。

日本画、洋画、挿絵、装幀、さらには新版画など、様々なジャンルに作品を残した橋口五葉ですが、今回の展覧会では生誕130年を記念するに相応しく、その業績を余すことなく紹介しています。

構成は以下の通りです。

第1章 鹿児島から東京へ
第2章 物語の時代
第3章 吾輩ハ五葉デアル
第4章 耶馬渓を描く - 新たな主題の発見
第5章 素描 - 裸婦たち
第6章 新たなる浮世絵を求めて


出品総数は何と全400点です。うち小品の挿絵や関連資料も多く含まれますが、一つ一つに見入っているとゆうに2時間はかかりました。(出品リスト

五葉の画業は一筋縄ではいきません。そもそも彼の画業は10代の頃、地元(鹿児島)の絵師に狩野派を学んだことからスタートしますが、18歳に上京した後は一転、橋本雅邦に師事して日本画を学びながら、一方で黒田清輝の勧めで洋画を描いていきます。

こうした若い頃の彼の制作はこれまであまりよく分かっていなかったそうですが、今回の展示では主に風景を描いたスケッチブックなどで丹念にその道程を辿っていました。

そしてここで注目すべきは五葉の人物表現です。彼は後の新版画の例をとるまでもなく、終生、女性を多数描きましたが、早くもその艶やかな描写をこの時期のラフなスケッチからも伺い知ることが出来ました。


橋口五葉「孔雀と印度女」1907年 個人蔵

また初期の五葉ではロマン的な傾向、例えば物語や神話に因んだモチーフの作品を多数描いていることも見逃せません。とくに彼が傾倒したラファエル前派や青木繁の神話的な世界観をそのまま摂取したような作品も描かれていました。(ちなみに青木繁は美学校で五葉の一年先輩だったそうです。)

またアール・ヌーヴォーなど、工芸的な要素を取り込んだ面も見られはしないでしょうか。後に確立するデザインと叙情性を両立させたような五葉の画風は、決して一朝一夕に生み出されたわけではありませんでした。

さて東京美術学校を首席で卒業した五葉は、その卒業した年に一つの大きな転機を迎えます。それが漱石の「我が輩は猫である」の装幀の仕事です。橋口は25歳の頃から約15年間、装幀を100、また挿絵を200ほど残しますが、その全ての始まりが漱石のこの傑作の装幀というわけでした。


橋口五葉装幀「虞美人草」(夏目漱石著)1907年 個人蔵

当時の二代文芸装幀とも言われた漱石本と鏡花本の両方を手がけた画家は五葉だけです。展示では例えば漱石の「虞美人草」や鏡花の「乗合舟」の他、アンデルセンやモリエールの著作の装幀なども紹介されていました。


橋口五葉「此美人」1911年 個人蔵

また彼はこうした本の装幀からポスターやパンフレットまでと幅広くのデザインの仕事を行っています。中でも1911年、三越が主催した懸賞広告で一等を獲得した「此美人」は、面長の美しい女性に、艶やかな草花紋様、そして暖色系を多様した鮮やかな色彩と、五葉の魅力が全てつまった一枚と言えるかもしれません。

この顕彰で獲得した賞金を元に、五葉は日本各地を旅行するようになります。展示の中盤で登場するのは、とりわけ彼が愛した耶馬渓における風景や人物を描いた作品です。ここでも彼は女性を執拗に描き続けます。旅先の温泉場で描いた女性像の他、無数に登場する裸婦の素描からは、なにかむせるような官能性を感じました。


橋口五葉「黄薔薇」1912年 個人蔵

今回の展覧会では新出にも超注目です。中でも1912年に出品された記録こそ残っているものの、その後白黒写真でしか存在をしられていなかった「黄薔薇」がおおよそ100年の時を超えて公開されています。

モデルは先の「此美人」と同じです。草花を多用した装飾的な空間はもちろん、曲線を多用した構図感など、見るべき点の多い作品ではないでしょうか。また精緻な刺繍を施した表具も見事です。これの一枚だけでも千葉まで行った甲斐がありました。


橋口五葉「化粧の女」1918年 千葉市美術館蔵

有名な「化粧の女」や「髪すける女」など、ボリューム感があり、なおかつうっすらと湿り気を帯びたような黒髪への視点も五葉独自のものかもしれません。


橋口五葉「すく女二態」1914-1920年頃 千葉市美術館蔵

五葉はモデルに何度も何度も同じポーズをとらせ、こうした女性像を描いたそうですが、この黒髪はもちろん、きめの細やかなな白肌などは、やはり彼の女性への独特なフェティシズムを示しているように思えてなりませんでした。

五葉が最後に到達したのは新版画の世界です。彼は当初、巴水版画でもお馴染みの渡邊庄三郎と出会って制作に取りかかりますが、その出来に納得せず、摺りと彫りを自身で監督する私家版へと転向して作品を作り続けます。まさに画業の集大成でした。

41歳の若さで没した五葉ですが、ともかくこの展覧会の質と量は並大抵のものではありません。少なくとも五葉展に関してはこれ以上の内容を望むのはもう無理ではないでしょうか。

7月には関連の講演会も予定されています。

「新・橋口五葉 譚」
7月10日(日)14:00より(13:30開場) 11階講堂にて
講師:岩切信一郎 (美術史家)

「橋口五葉と浮世絵」
7月16日(土)14:00より 11階講堂にて
講師:小林忠(当館館長)


ともに聴講無料です。(先着150名)こちらにあわせて出かけられても良いかもしれません。

7月31日まで開催されています。

「生誕130年 橋口五葉展」 千葉市美術館
会期:6月14日(火)~7月31日(日)
休館:7月4日
時間:10:00~18:00(日~木)、10:00~20:00(金・土)
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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