「トゥールーズ=ロートレック展」 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館
「トゥールーズ=ロートレック展」
10/13-12/25



「極上」のロートレック・ポスターコレクションを展観します。三菱一号館美術館で開催中の「トゥールーズ=ロートレック展」へ行って来ました。

ロートレックのポスターを見ること自体はそう珍しいことではないかもしれませんが、初めに「極上」と記したのには理由があります。

それが出品作の刷りの状態です。

今回の展示では三菱一号館美術館所蔵のポスター、リトグラフ、あわせて約190点弱ほどが紹介されていますが、その殆どがロートレック自身がアトリエに保管し、没後に親友の画商、モーリス・ジョワイヤンに引き継がれたものに他なりません。

つまり作品はこれまであまり世に出ることのなかったものばかりです。浮世絵の例をあげるまでもなく、版画はその状態の如何でかなり善し悪しが変わってしまいますが、本展の作品はいずれもが驚くほどに美しい色をとどめていました。


「シンプソンのチェーン」1896年 リトグラフ、ポスター 

展覧会の構成は以下の通りです。

第1章 トゥールーズ=ロートレック家の故郷・南西フランスと画家揺籃の地アルビ
第2章 世紀末パリとモンマルトルの前衛芸術
第3章 芸術家の人生


初めにロートレックが家族と過ごしたアルビでの活動を追った上で、パリ・モンマルトルでのポスターデザインを一同に俯瞰していく流れとなっていました。

14歳の時に事故に巻き込まれ、以降発育が止まってしまったロートレックですが、彼は10代の頃から絵の道の志します。

この修行時代でとりわけ印象深いのが、17歳の時に父の姿を描いた「アルフォンス・ド・トゥールーズ=ロートレック伯爵」です。 コーカサスの戦士に扮した父の姿はとても勇ましく、そこからは身体が不自由であったロートレックの一つの父の憧憬すら感じられました。

また読書する叔父の姿を捉えた「シャルル・ド・トゥールーズ=ロートレック伯爵、読書する画家の叔父」では、既に10代の時から完成されていたロートレックの類い稀なデッサン力を見ることが出来るのではないでしょうか。木炭の陰影によって生み出される人物の立体感もまた見事でした。

1884年、モンマルトルに創作の拠点を移したロートレックは、ムーランルージュのポスター制作にて、このジャンルの芸術に偉大な業績を残します。


「アリスティド・ブリュアン、 彼のキャバレーにて」1893年 リトグラフ、ポスター

ロートレックは日本の浮世絵からも影響を受けたという指摘がありますが、その一例として挙げられるのが「エルラルド、アリスティド・ブリュアン」かもしれません。

写楽の大首絵ならぬ、大きくクローズアップされたブリュアンのシルエットは、見る者に強い印象を与えるのではないでしょうか。 なおブリュアンの写真も隣に出ていましたが、リトグラフと見比べた時、ロートレックがその身体的特徴を巧みに捉えているのには驚かされました。

またキャバレーでのダンサーなど、動く人物をまさに躍動感溢れる構図で示すのもロートレックの真骨頂と言えるかもしれません。


「エグランティーヌ嬢一座」1896年 リトグラフ、ポスター

それはこの「エグランティーヌ嬢一座」を一目見るだけでも明らかです。

斜めに線の走るステージの上をダンサーたちは足を振り上げて踊っています。またこの作品では背景の黄色にも要注目です。まさに状態のよいリトグラフならではの瑞々しい色彩感を味わうことが出来ました。


「ジャヌ・アヴリル」1893年 リトグラフ

また躍動感と言えば、「ジャヌ・アヴリル」も忘れられません。ロートレックはモデルの一瞬の動きを、全く無駄のない簡潔でかつ自由な描線に置き換えることに成功しています。

あまりこういう表現をするのは適切ではないかもしれませんが、こうした作品を見ているとロートレックは天才ではないかと思えてなりませんでした。

さてこの展覧会は単にポスター制作の名人、ロートレックを提示するだけにとどまりません。いわば彼の社会性を伺い知れるような作品もいくつか展示されています。

ロートレックは反ドイツ的だとして出版を拒否された「ドイツのバビロン」を自らの費用で制作し続けました。

また「怒れる牝牛」では貧窮のボヘミア生活を、さらに「彼女たち」では娼婦たちを蔑むことなく、その日常生活に注目して描き出しています。社会へのメッセージ、そして風刺精神を忘れなかったロートレックの姿勢を感じさせる作品と言えるのかもしれません。


「ジュール・ルナール『博物誌』1899年刊 リトグラフ 挿絵

またロートレックの動物たちへの温かい眼差しにも心踊らされます。 彼はルナールの「博物誌」に挿絵を22点描きましたが、かたつむりやねずみなど、ともかくあまりにも可愛らしい動物が目白押しでした。

展示は殆どがリトグラフと素描でしたが、最後に嬉しいサプライズです。


「モーリス・ジョワイヤン」1900年 油彩・板 トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ

アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館よりやってきた「モーリス・ジョワイヤン」の油彩画が展示されています。

もちろんこのジョワイヤンこそが初めにも触れたように、今回のリトグラフ作品を秘蔵していた画商です。緑色がかった海に浮かぶ船の上にて、銃を片手に狩をしようとするジョワイヤンの姿が描かれています。

鋭い視線など、モデル自体から立ち上がってくる力強い表現をはじめ、澱みもなく颯爽と引かれた描線からは溢れんばかりの生気を感じますが、実はこの作品を描いたロートレックはかなり身体が衰えていました。

よってジョワイヤンは何度も同じポーズをとってロートレックの制作に協力したそうです。 2人の親密な交流があったからこそ今に残ったコレクションを紹介する展覧会に相応しいラストでした。

実は私自身、これまであまりロートレックを意識して見たことがありませんでしたが、この展示で初めてその魅力を知ったような気がしました。

まるでたった今描かれたばかりの水彩のように美しいリトグラフのオンパレードです。是非ともお見逃しなきようにおすすめします。

「もっと知りたいロートレック/東京美術」

12月25日まで開催されています。

「トゥールーズ=ロートレック展」 三菱一号館美術館
会期:10月13日(木)~12月25日(日)
休館:月曜日
時間:10:00~18:00(火・土・日・祝)、10:00~20:00(水・木・金)
住所:千代田区丸の内2-6-2
交通:東京メトロ千代田線二重橋前駅1番出口から徒歩3分。JR東京駅丸の内南口・JR有楽町駅国際フォーラム口から徒歩5分。
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