「ポール・デルヴォー展」 府中市美術館

府中市美術館
「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」
9/12-11/11



府中市美術館へ開催中の「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」へ行って来ました。

いつぞや埼玉県立近代美術館所蔵の「森」を見て以来、虜となった画家ポール・デルヴォー(1897-1994)。

作品を断片的に見る機会こそあれども、その画業の全てを網羅する形での展覧会はこれまで見たことがありませんでした。


「ローの婦人」(1969年) ポール・デルヴォー財団

まさにファン待望、国内では10年ぶりとなる本格的なデルヴォー回顧展です。

しかも日本では殆ど紹介されなかった初期作も充実。ベルギーのデルヴォー財団より出品された油絵、素描など約80点にて、その業績を時間軸で辿っていました。

さて先に「初期作も充実」と書きましたが、初めに展示されたいくつかの作品、キャプションがなければ、おおよそデルヴォーとは気がつかないかもしれません。

と言うのも、デルヴォーの初期作はまさしく印象派風。

例えば生家近くのワロン地方を描いた「グラン・マラドの水門」(1921)、明るい光の射し込む水辺の風景は、それこそシスレー画を連想させはしないでしょうか。


「森の小径」(1921年) ポール・デルヴォー財団

また縦長の平面に木漏れ日に包まれた木立を表した「森の小径」(1921)はまるでコローです。

もちろん「窓辺の若い娘」(1920)における髪の長いすらっとした女性像などには、後のデルヴォー画の片鱗もありますが、これら印象派風の作品は一般的に知られたデルヴォーとは似ても似つきません。


「森の中の裸体群」(1927~28年) 個人蔵

それに最初期に印象派を摂取したデルヴォーはその後、表現主義からセザンヌ、ピカソらの作風に学んで試行錯誤するという経過も。

例えば「若い娘のトルソ」(1933)はピカソに瓜二つ。こうしたデルヴォーの20~30代の作品を知ることが出来ることも、今回の回顧展の大きな見どころというわけでした。

そうした印象派や表現主義を行き来したデルヴォーが転機を迎えたのは30代も半ば、言うまでもなくシュルレアリスムと出会ってからのことです。


「訪問5」(1944年) ポール・デルヴォー財団

1934年にマグリットやキリコの作品が展示された「ミノトール展」を見たデルヴォーは、画風を大きく変化させていきます。

ここでより顕著となるのが、デルヴォー画に頻出する甘美な女性、言わばヴィーナス的なモチーフ。

デルヴォーは裸婦像でも有名な新古典主義のアングルにも影響を受けたそうですが、より密接な女性、後には生涯の伴侶となるアンヌ=マリー・ド・マルトラールこと『タム』のイメージを絵に取り込んでいきます。

その結実が「行列」(1963)だと言えるかもしれません。


「行列」(1963年) ポール・デルヴォー財団

上半身を露わにした女性たちが昼とも夜とも付かぬ空間を歩いている姿、まさしくこれらの女性こそがタムの写しだと言えるのではないでしょうか。

展覧会ではタムを描いたデッサンなどもいくつか紹介。実のところデルヴォーはタムとの結婚は一度、両親の反対を受けたために叶いませんが、その20年後に偶然再開し、そして生活を共にしたというくらいタムにぞっこん。

ともかくデルヴォー画にはこうしたエロティックな女性も多数登場しますが、それは彼が想っていた人物を投影したものだとは知りませんでした。

さてこうした女性に代表されるデルヴォー画のモチーフ、何も女性だけではありません。もう一つよく目にするのが汽車、これも彼が子どもの時に住んでいた家の窓から見えていたものだそうです。


「チョコレート色のトラム」(1933年) ポール・デルヴォー財団

先に挙げた「行列」など、デルヴォーは油絵の大作にも汽車を描きこんでいますが、「チョコレート色のトラム」(1933)のように汽車の細かなスケッチも残しています。

またさらに挙げておきたいのが、作品における物語的な要素と建築への関心です。

デルヴォーは若い頃から古典文学、特に「オデュッセイア」に夢中となり、それに由来するイメージを後の「エペソスの集い2」(1973)などに結実させました。(ちなみにこの作品、右手の鏡をよくよくご覧になって下さい。とあるものが写り込んでいます。)


「エペソスの集い2」(1973年) ポール・デルヴォー財団

またこの作品にも見られるアルテミス神殿の的確な描写ですが、それは彼がギリシャやイタリアへの旅行を経験しているだけでなく、もっと根底な部分、そもそもキャリア当初は画家でなく建築の勉強をしていたことにも関係しているのではないでしょうか。

もちろんデルヴォーが建築を勉強したのは両親の勧めであり、必ずしも自身の志した道ではありませんでしたが、タムに代表されるヴィーナス的な女性像、そして古典文学、また汽車や建築など、デルヴォーが人生において求め、経験したイメージが、彼の絵画にいくつも取り込まれているというわけでした。

展覧会のラストはベルギー国外では初めて展示された晩年、デルヴォーが89歳の時に描いた「カリュプソー」(1986)。


「カリュプソー」(1986年) ポール・デルヴォー財団

これこそ彼が人生において最後に完成させた油絵に他なりませんが、カリュプソーこそオデュッセイアにおいて主人公を誘惑する女神の役割。やはりここでもおそらくはタムの姿を見ていたのに違いありません。

画家の人生と夢の旅を縦軸で追いながら、そこに現れる様々なモチーフを横軸で切り取るデルヴォー回顧展。実に見応えがありました。

本展担当の音ゆみ子学芸員のスライドレクチャーの様子をまとめてあります。

「デルヴォー展スライドレクチャー」 府中市美術館(拙ブログ)

また会期中、関連の講演会も予定されています。

[デルヴォー展 展覧会講座]

「デルヴォー前夜 ベルギー象徴主義絵画」
日時:10月21日(日)
講師:井出洋一郎(府中市美術館館長)

「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」
日時:11月4日(日曜日)
講師:音ゆみ子(府中市美術館学芸員)


ちなみに今回デルヴォー展の出品作80点のうち50点は日本初公開。印象派風の初期作はもちろん、フレスコ壁画や晩年の作品など、知られざるデルヴォーも満喫出来ました。

「ポール・デルヴォー/シュルレアリスムと画家叢書/河出書房新社」

11月11日までの開催です。もちろんおすすめします。

「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」 府中市美術館
会期:9月12日(水)~11月11日(日)
休館:月曜日(但し9月17日、10月8日を除く。)、9月18日(火)、10月9日(火)。
時間:11:00~17:00
料金:一般900(720)円、高校生・大学生450(360)円、小学生・中学生200(160)円。
 *( )内は20人以上の団体料金。
住所:府中市浅間町1-3
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
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