都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション」 国立新美術館
国立新美術館
「はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション」
1/20~4/4
日本で初めて西洋美術を中心とする私設美術館として建てられた大原美術館。倉敷が誇る美術コレクションが東京の国立新美術館へとやって来ました。
作品は約140点。なにも西洋美術だけではありません。エジプトや中国の古代美術にはじまり日本の近代洋画、そして民芸運動から戦中、戦後美術、ないしは現代美術絵画までを網羅しています。
冒頭はエジプト、西アジア、中国の古美術です。ササン朝の「切子碗」に魅せられました。まるで楽焼を彷彿させるような小振りの碗。ガラスです。周囲にはちょうど親指大の斑紋が広がっています。同じくイランの「藍釉色絵金彩宝珠文細口瓶」も美しい。底抜けの群青に彩られた瓶。金彩でしょうか。細かな文様が施されています。
タイトルの「はじまり、美の饗宴」。その名のごとく大原美術館のはじまりを表す作品もお目見えしています。それがエドモン=フランソワ・アマン=ジャンの「髪」。サロン出品のための構想画です。本作を収集したのは画家の児島虎次郎。彼は大原美術館の創設者である大原孫三郎の支援を得てヨーロッパに留学していました。
エル・グレコ「受胎告知」 1590-1603年頃 油彩、カンヴァス
アマン=ジャンと親交の深かった児島は、「日本のためになる」として、本作の購入を孫三郎に願い出ます。いわばコレクション第1号。そしてこの児島の活動が大原美術館のコレクション形成に大きな役割を果たしました。例えばグレコの「受胎告知」です。かの名画をパリで目にした児島は、やはり同作を購入したいと孫三郎に連絡します。大変な高額だったそうです。しかし孫三郎は今がチャンスとして購入を決断。大原美術館に収められました。
孫三郎と虎次郎はともに岡山の出身です。パトロンと画家という関係に留まらず、より強い友情で結ばれていました。また戦後、孫三郎の跡を継いだ總一郎も作品を積極的に収集。大原美術館の発展に尽力します。コレクションは美術館の歴史を物語ります。その成立過程を追っていくのも鑑賞のポイントと言えるかもしれません。
ジョヴァンニ・セガンティーニ「アルプスの真昼」 1892年 油彩、カンヴァス
それにしても名品揃いです。モローの「雅歌」にホドラーの「木を狩る人」、そしてゴーギャンの「かぐわしき大地」にルノワールの「泉による女」など、魅惑的な作品ばかりが展示されています。ちなみにルノワールの「泉による女」は、やはり孫三郎の支援を得て在仏していた洋画家、満谷国四郎が安井曾太郎を介して購入したものです。晩年のルノワールが安井の要請を受けて描きました。
児島虎次郎「和服を着たベルギーの少女」 1911年 油彩、カンヴァス
日本の洋画にも目を向けましょう。洋画コレクションを形成したのは總一郎。児島虎次郎をはじめ、青木繁、坂本繁二郎、関根正二、藤田嗣治に佐伯祐三、藤島武二らといった近代日本洋画界を代表する画家の作品を収集しました。
画家の代表作とも言えるのではないでしょうか。関根正二の「信仰の悲しみ」です。僅か20歳で亡くなった関根が死の一年前に描いた一枚、髪をだらりと垂らした女性が荒野を歩く姿が捉えられています。表情こそ穏やかながらも、全体としては実に物悲しい。まるで冥界を彷徨っているかのようです。また藤田嗣治の「舞踏会の前」も力作です。覚えておられるでしょうか。つい昨年の冬、修復を経て東京芸大で公開されていました。白い肌をさらした甘美な女性たち。まさに面相筆と乳白色の藤田の真骨頂と言うべき作品でもあります。
棟方志功「二菩薩釈迦十大弟子板画柵」 1939年 木版(墨画)、紙
大原家と民芸運動の関わりも重要です。そもそも日本民藝館の設立のために多大な寄付をしたのが孫三郎です。また總一郎も美術館の敷地内に工芸館を建設。民芸の作家と交流します。ゆえにコレクションも充実。棟方志功、芹沢けい介、濱田庄司、バーナード・リーチ、河井寛次郎、富本憲吉らの作品を集めました。うち棟方の「二菩薩釈迦十大弟子板画柵」は貴重な戦前の版木によるもの。また芹沢の「風の字のれん」は、1970年代にパリで行われた芹沢展のポスターに採用された作品だそうです。
さて展示は古代エジプト、西洋絵画、近代日本洋画、工芸とジャンル別に続きますが、後半は一転して時間軸です。戦中から戦後、現代美術へと展開していきます。
例えば戦中ではほぼ同時代、国吉康雄の「飛び上ろうとする頭のない馬」とピカソの「頭蓋骨のある静物」が同じコーナーに並んでいます。西洋、日本の区別はありません。
戦後の抽象絵画に優品が多いのには驚きました。中でもポロックの「カット・アウト」にコーネルの「無題(ホテル:太陽の箱)」、そしてクーニングの「セクション10」からロスコの「無題(緑の上の緑)」などは目を引くのではないでしょうか。とりわけ印象的なのが「カット・アウト」です。人型に切り取られたキャンバスが特徴的ですが、ポロックはこの処理をなした後、どう仕上げるか悩んでいたそうです。そして急逝。後にポロックの妻が別の作品を張って完成させました。
ルチオ・フォンタナ「空間概念 期待」 1961年 水性絵具、カンヴァス
作品の並びにも一捻りあります。例えば闇のロスコに光のクーニング、また切れ込みのフォンタナに穴の斎藤義重など、どこか対比的な面もある作品が同列に配置されています。また若き河原温が描いた「黒人兵」にも目が留まりました。黒人兵が狭いチューブの中を登る姿を下から捉えた一枚。点描によるチューブ、さらに周囲の球体が異様な雰囲気を醸し出しています。河原の23歳の作品です。1955年に神奈川県立近代美術館で行われた「今日の新人展」にて買い上げられたそうです。
町田久美「来客」 2006年 墨、岩絵具、顔料、紙
アーティストとの協働やVOCA展など、大原美術館は現代美術の振興にも努めてきた美術館でもあります。ラストはまさに今、活動をし続ける日本の現代美術作家です。やなぎみわ、町田久美、三瀬夏之介、浅見貴子らの大作がずらり。具象的な絵画が目立ちます。
大原美術館の現代美術コレクションは一昨年、武蔵野美術大学美術館で行われた「オオハラ・コンテンポラリー・アット・ムサビ」でも紹介されたことがありました。基本的にはその内容を踏襲する展示と言えそうです。
岸田劉生「童女舞姿」 1924年 油彩、カンヴァス
「美の饗宴」。何かと展覧会などで使われる言葉ではありますが、これだけのコレクションを前にすればあながち誇張ではありません。大原美術館には今回出品されたもの以外にも数多くの作品が収められています。実は一度も行ったことがありません。近いうちにその全貌を前にすべく倉敷へ出かけたいと思いました。
大原美術館(岡山県倉敷市中央1-1-15)
http://www.ohara.or.jp/201001/jp/
場内は大変に空いていました。現段階であればじっくり、ゆっくり楽しめます。
「はじまり、美の饗宴 すばらしき大原美術館コレクション/NHKプロモーション」
4月4日まで開催されています。
「はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション」(@hajimari2016) 国立新美術館(@NACT_PR)
会期:1月20日(水)~4月4日(月)
休館:火曜日。
時間:10:00~18:00
*毎週金曜日は夜20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料
* ( )内は20名以上の団体料金。
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分
「はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション」
1/20~4/4
日本で初めて西洋美術を中心とする私設美術館として建てられた大原美術館。倉敷が誇る美術コレクションが東京の国立新美術館へとやって来ました。
作品は約140点。なにも西洋美術だけではありません。エジプトや中国の古代美術にはじまり日本の近代洋画、そして民芸運動から戦中、戦後美術、ないしは現代美術絵画までを網羅しています。
冒頭はエジプト、西アジア、中国の古美術です。ササン朝の「切子碗」に魅せられました。まるで楽焼を彷彿させるような小振りの碗。ガラスです。周囲にはちょうど親指大の斑紋が広がっています。同じくイランの「藍釉色絵金彩宝珠文細口瓶」も美しい。底抜けの群青に彩られた瓶。金彩でしょうか。細かな文様が施されています。
タイトルの「はじまり、美の饗宴」。その名のごとく大原美術館のはじまりを表す作品もお目見えしています。それがエドモン=フランソワ・アマン=ジャンの「髪」。サロン出品のための構想画です。本作を収集したのは画家の児島虎次郎。彼は大原美術館の創設者である大原孫三郎の支援を得てヨーロッパに留学していました。
エル・グレコ「受胎告知」 1590-1603年頃 油彩、カンヴァス
アマン=ジャンと親交の深かった児島は、「日本のためになる」として、本作の購入を孫三郎に願い出ます。いわばコレクション第1号。そしてこの児島の活動が大原美術館のコレクション形成に大きな役割を果たしました。例えばグレコの「受胎告知」です。かの名画をパリで目にした児島は、やはり同作を購入したいと孫三郎に連絡します。大変な高額だったそうです。しかし孫三郎は今がチャンスとして購入を決断。大原美術館に収められました。
孫三郎と虎次郎はともに岡山の出身です。パトロンと画家という関係に留まらず、より強い友情で結ばれていました。また戦後、孫三郎の跡を継いだ總一郎も作品を積極的に収集。大原美術館の発展に尽力します。コレクションは美術館の歴史を物語ります。その成立過程を追っていくのも鑑賞のポイントと言えるかもしれません。
ジョヴァンニ・セガンティーニ「アルプスの真昼」 1892年 油彩、カンヴァス
それにしても名品揃いです。モローの「雅歌」にホドラーの「木を狩る人」、そしてゴーギャンの「かぐわしき大地」にルノワールの「泉による女」など、魅惑的な作品ばかりが展示されています。ちなみにルノワールの「泉による女」は、やはり孫三郎の支援を得て在仏していた洋画家、満谷国四郎が安井曾太郎を介して購入したものです。晩年のルノワールが安井の要請を受けて描きました。
児島虎次郎「和服を着たベルギーの少女」 1911年 油彩、カンヴァス
日本の洋画にも目を向けましょう。洋画コレクションを形成したのは總一郎。児島虎次郎をはじめ、青木繁、坂本繁二郎、関根正二、藤田嗣治に佐伯祐三、藤島武二らといった近代日本洋画界を代表する画家の作品を収集しました。
画家の代表作とも言えるのではないでしょうか。関根正二の「信仰の悲しみ」です。僅か20歳で亡くなった関根が死の一年前に描いた一枚、髪をだらりと垂らした女性が荒野を歩く姿が捉えられています。表情こそ穏やかながらも、全体としては実に物悲しい。まるで冥界を彷徨っているかのようです。また藤田嗣治の「舞踏会の前」も力作です。覚えておられるでしょうか。つい昨年の冬、修復を経て東京芸大で公開されていました。白い肌をさらした甘美な女性たち。まさに面相筆と乳白色の藤田の真骨頂と言うべき作品でもあります。
棟方志功「二菩薩釈迦十大弟子板画柵」 1939年 木版(墨画)、紙
大原家と民芸運動の関わりも重要です。そもそも日本民藝館の設立のために多大な寄付をしたのが孫三郎です。また總一郎も美術館の敷地内に工芸館を建設。民芸の作家と交流します。ゆえにコレクションも充実。棟方志功、芹沢けい介、濱田庄司、バーナード・リーチ、河井寛次郎、富本憲吉らの作品を集めました。うち棟方の「二菩薩釈迦十大弟子板画柵」は貴重な戦前の版木によるもの。また芹沢の「風の字のれん」は、1970年代にパリで行われた芹沢展のポスターに採用された作品だそうです。
さて展示は古代エジプト、西洋絵画、近代日本洋画、工芸とジャンル別に続きますが、後半は一転して時間軸です。戦中から戦後、現代美術へと展開していきます。
例えば戦中ではほぼ同時代、国吉康雄の「飛び上ろうとする頭のない馬」とピカソの「頭蓋骨のある静物」が同じコーナーに並んでいます。西洋、日本の区別はありません。
戦後の抽象絵画に優品が多いのには驚きました。中でもポロックの「カット・アウト」にコーネルの「無題(ホテル:太陽の箱)」、そしてクーニングの「セクション10」からロスコの「無題(緑の上の緑)」などは目を引くのではないでしょうか。とりわけ印象的なのが「カット・アウト」です。人型に切り取られたキャンバスが特徴的ですが、ポロックはこの処理をなした後、どう仕上げるか悩んでいたそうです。そして急逝。後にポロックの妻が別の作品を張って完成させました。
ルチオ・フォンタナ「空間概念 期待」 1961年 水性絵具、カンヴァス
作品の並びにも一捻りあります。例えば闇のロスコに光のクーニング、また切れ込みのフォンタナに穴の斎藤義重など、どこか対比的な面もある作品が同列に配置されています。また若き河原温が描いた「黒人兵」にも目が留まりました。黒人兵が狭いチューブの中を登る姿を下から捉えた一枚。点描によるチューブ、さらに周囲の球体が異様な雰囲気を醸し出しています。河原の23歳の作品です。1955年に神奈川県立近代美術館で行われた「今日の新人展」にて買い上げられたそうです。
町田久美「来客」 2006年 墨、岩絵具、顔料、紙
アーティストとの協働やVOCA展など、大原美術館は現代美術の振興にも努めてきた美術館でもあります。ラストはまさに今、活動をし続ける日本の現代美術作家です。やなぎみわ、町田久美、三瀬夏之介、浅見貴子らの大作がずらり。具象的な絵画が目立ちます。
大原美術館の現代美術コレクションは一昨年、武蔵野美術大学美術館で行われた「オオハラ・コンテンポラリー・アット・ムサビ」でも紹介されたことがありました。基本的にはその内容を踏襲する展示と言えそうです。
岸田劉生「童女舞姿」 1924年 油彩、カンヴァス
「美の饗宴」。何かと展覧会などで使われる言葉ではありますが、これだけのコレクションを前にすればあながち誇張ではありません。大原美術館には今回出品されたもの以外にも数多くの作品が収められています。実は一度も行ったことがありません。近いうちにその全貌を前にすべく倉敷へ出かけたいと思いました。
大原美術館(岡山県倉敷市中央1-1-15)
http://www.ohara.or.jp/201001/jp/
場内は大変に空いていました。現段階であればじっくり、ゆっくり楽しめます。
「はじまり、美の饗宴 すばらしき大原美術館コレクション/NHKプロモーション」
4月4日まで開催されています。
「はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション」(@hajimari2016) 国立新美術館(@NACT_PR)
会期:1月20日(水)~4月4日(月)
休館:火曜日。
時間:10:00~18:00
*毎週金曜日は夜20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料
* ( )内は20名以上の団体料金。
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分
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