宮島桟橋広場から厳島神社に向かう商店街手前に要害山(宮尾城跡)への石段があり、その脇に皇太子殿下行啓記念碑がある。皇太子殿下裕仁親王(後の昭和天皇)は大正15年(1926)5月に岡山・広島・山口県内を行啓された。5月27日御召艦長門で呉港から宮島に着いて厳島神社に参詣された。その後帰艦して軽服装に整え弥山に登られ、夜は灯篭流しをご覧になり帰艦された。
皇太子殿下は御召艦長門御座所の御寝室で休まれ、岩惣には東宮侍従、近衛将校が、錦水館には記者、写真班が宿泊している。翌日宮島口駅から御召列車で岩国駅に向かわれ以降山口県内を行啓された。(下画像は行啓記念の郵便局消印告示-国立国会図書館デジタルコレクション)
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