北 |
京五輪の聖火リレーに対するチベット族などの人権団体の抗議行動に対抗して、中国人留学生集団のやや強圧的とも思える支援活動が世界中に広がり、世界にある種の驚きを与えた。
中国人留学生のデモ参加者の多さと熱狂は何処から来たのか気になっていた。
何故気になったかというと、彼らは欧米の民主主義国に住み自由な生活を実体験しているからだ。検閲で一方的な情報に曝され、反政府的な意見を言って逮捕される中国内の若者とは違う、もっと多様な価値観を持っているはずだという思い込みが私にはあった。
その意味ではアジアカップや教科書問題を機に起こった反日デモの暴走とは違うと思っていた。ところが、今回カナダ等の聖火リレーを実施しない国を含め世界中に聖火リレー支援活動が広がり、その熱狂振りは周りの人達に恐怖心を感じさせるほどだったという。
実際、熱狂が行き過ぎて韓国では中国人留学生に暴行を受けて怪我人が出る事態に発展し、政府当局は中国大使を呼び抗議したと報じられている。どうもアジアカップの反日デモと同種の燃え上る「怒り」のようなものを感じないではいられない。
官 |
製デモの側面があった。これら一連の中国人留学生の支援活動は、中国政府当局が計画してマニュアルを作り資金援助したものと報じられている。留学生や華僑を動員してバスでデモ地まで運搬したとも。中国政府がナショナリズムを利用して西欧世論に反撃しているのは間違いないようだ。
だが政府が旗を振っても留学生が冷めていたらこうはならない。彼ら自身が世界の「冷たい仕打ち」と受け止め怒っているから起きたことだ。89年の天安門事件で共産党独裁体制を嫌って中国から出て東京で働く銀行員も聖火妨害を見て、突然愛国心に目覚めたと産経新聞は伝えている。
29日のNYタイムズも突然変異的に愛国主義者になった中国人留学生の例を報じていた。どうも聖火リレーに関る事件のどこかで中国人の心の中にある愛国心のスイッチが入ったようだ。
米国の大学で中国人留学生とチベット支持学生の対立の間に入り仲裁しようとした中国人女子学生は、ネットで「裏切り者」と攻撃され実家の住所や身分証明書が貼り出されたという。フランスで聖火を守ろうとした車椅子の中国人女性ランナーは、英雄と持ち上げられた後、「カルフール不買運動を支持しない」と言った為「仏のスパイ」と中傷され、攻撃の的になったという。
こういう卑劣な振る舞いが続発するのを見聞きするとちょっと気持ちが悪くなる。敵と味方を峻別し中間を認めず徹底的に攻撃する、これが中国人なのか。やることが何か極端なのだ。文化大革命の時もそうだったという。
だが、中国人の立場に立ってみると見方も変わる。
欧 |
米列国に搾取され立ち上がった「義和団の乱」(1900年)を扱った映画「北京の55日」で描かれた中国人を私は思い出す。散々酷い目に逢わせておきながら立ち上がった中国人を野蛮人のように欧米人の目で見て描いている。日本を含め今回の世界のメディアの報道はそれほど変わっていないように感じる。
中国人の立場にたって考えれば、彼らは中国政府に満足しているわけではないが、西欧の偏執的とも思える「チベット愛」にフラストレーションを感じ、CNNやBBCの‘偏見に満ちた’不公平な報道は許せない。世界から袋叩きにあっている祖国の為に、今立ち上がったという印象がある。
西欧諸国がやったことを30‐40年遅れてやっているだけなのに、やれ地球温暖化だ、公害を世界にばら撒いていると非難される。彼らが未だに共産主義に洗脳されていると思っている西欧の無理解に怒り、一方で中国の現実に対する劣等感と今迄の努力を評価されない悔しさがある。
中国人は長らく抵抗運動を許されておらず慣れていない為、一気に過激に走っているのだろうという好意的な見方もある(NYタイムズ)。抗議の仕方を知らないと。前出の大使館が使っているマニュアルにも「法を守れ、暴力を振るうな、相手を侮辱するな」といった類のことが書かれていたという。
総 |
合するとこの聖火リレー騒動の損得はどう考えればいいのだろうか。中国の人権問題や嫌なところを聖火の行くところ行くところで、世界中に周知させた史上最悪のマーケティングという評価がある。スポーツと政治を切り離せという主張は最早現実的でなく議論すらされなくなった。
中国に好意を持つ国や人が増えたとは思えない。だが、聖火リレー騒動は中国の存在感を圧倒的に高めることに成功したと感じる。フランス大統領は中国民衆のフランス製品不買運動の高まりに直面して、みっともないほどアタフタして初めの威勢のよさはどこかに消えていった。
米国でも中国とかかわりのある政治やビジネスなどの世界では穏便な発言に自己抑制している傾向が見られるという。今回の中国人留学生の大量動員デモは「欧米の偏った世論」に反撃する非常に効果的な「民主的」手段として使えると、中国政府は自信を深めたと思う。
中国の持つ経済力はタテマエの理想論を実利が押しのけ、力強い影響力を持つようになった。鄧小平が道を付けた「政治は共産主義、経済は資本主義」の大成功と同じように、一党独裁国でも民主主義の言論の自由の良いとこ取りをしてうまく機能させるコツをものにしたように感じる。
だが、それは「両刃の剣」になる危険な手段でもある。それほど甘くはない。留学生が帰国してこの「民主的な手段」を国内で使用する可能性は高い。その途端に逮捕されて刑務所送りになれば何が起こるだろうか。それとも何が起こるか予想して自己抑制(欺瞞)するだろうか。■