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学時代の同窓会に昨夜参加して四十数年ぶりで旧友達に会った。参加したのは30人前後だった。昔の面影を残している人は殆どいなく、名前を紹介されても思い出せない人が半数くらいいた。138人の同級生のうち40人近くはもう亡くなっているという。
思い出と消息を交換後に話題になった一つが、金曜日に放映されたNHKのクローズアップ現代地方版で「遺骨放棄」といういささか衝撃的な題名の番組のことだ。松山市のあるお寺が紹介され無縁仏がここ5‐10年増えている、その現状と原因を探る内容だった。
インタビューを受けた住職によると、実際のところその半分は実は無縁仏ではなく「身寄りがある仏」という。NHKの調べではお寺だけでなく、焼き場で遺骨を引き取らない親族、空港の出発ロビーに骨壷を置き去りにする例もあるという。
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計的なデータを取るところまで調査されて無いが、NHKが許可を得て遺骨放棄した人を追跡調査した例が紹介された。彼は府中市に住む61歳の男性で高度成長時代に上京し、会社を経営していたが5年前倒産、生活に精一杯でお墓を見守る余裕がなくなったという。
これを受けて、住職は今夏の棚行で檀家を回った時、今年ほど生活苦を訴えられたことが無いという。お墓の維持か生活のどちらを優先するか、そこまで追い込まれている檀家のお墓の放棄を云々出来ないと苦渋の表情で答えていた。生活苦とお墓と住居の距離が主な原因のようだ。
もう一人の出演者は大学教授で、高度成長時代に都会に移住した人達が長引く不景気で生活難に追い込まれた一方で、彼らの両親が亡くなる時期と重なり起こっている状況と分析した。かつて人の移動が無く親族が纏まって住む前提のお墓のあり方が問題を引き起こしているとの説明。
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骨をお寺のお墓に納骨するのは現代の家族スタイルに合わなくなった。彼女は続けて、伝統的なものを今の生活に合わせることも選択肢として考えるべきと問題提起していた。例えば、「千の風に乗って」の歌のようにお墓じゃなくても良いのではないか。実際の例として墓石の無い共同墓地などが紹介された。
成る程と思うこともあるが、我が家のように数百年前からのお墓があり、山林田畑や家が残されているところはそれ程簡単ではない。私は遺骨放棄するほど経済的に追い込まれていないし、こうやって時々田舎に来るが、子供達は都会で育ち田舎への愛着もそれ程無い。
番組で紹介されたシチュエーションが、高度成長時代に同じ田舎から東京近郊に移動した団塊世代と、私に被るところが多く他人事とは思えなかった。同窓会の酒と老人ボケで思考能力が低下したのか、誰からも明快な解決策は出なかった。■