かぶれの世界(新)

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私的・長時間労働

2016-12-29 18:55:23 | ニュース
電通の女性社員が過労自殺した問題で、厚生労働省東京労働局が上司と電通を書類送検し、同日石井社長が来月辞任を表明したと報じられた。電通の労務管理の実態が明らかになるにつれ、この日が必ず来るとの予想通りになった。これで終わりとはならず、会社幹部の法的責任を問われる事態になると報じられている。

私の周りの電通を知る人達に聞いた話では、電通はずっと以前から札付きの人使いが荒い会社だったらしい。就職先としていつも評判は良くなかったと学生時代を振り返って息子は言い、取引先としても電通の良くない噂があったと義弟に何度か聞いたことがある。30年以上サラリーマンをやった経験から言うと、報じられた電通の在り様は信じられない。

何故、上司は新人を自殺する程に追い込んだのだろうか。上司或いは管理職が成果を上げる為には、部下が100%力を発揮できる環境を作り助けてやった方が良い事が分からないのだろうか。新人教育と同時に管理職教育はないかったのだろうか。部下にも能力だけでなく色々なタイプがあって、必ずしも一様に扱えない基本的な事を知らないのだろうか。それとも電通は特別な会社で無茶苦茶な社訓に耐えられる社員ばかりいたのだろうか。今迄存続できたのはそんな鋼の精神を持つ社員ばかりいたお蔭だろうか。

私も30-40年前は馬鹿みたいに残業をやった。管理職になる前は正規の給与の倍以上残業代が付くこともあった。経験では担当する仕事が大好きならやれるかもしれないと思う。或いは、やればやった分だけ収入として帰って来る自営業だとしたらどうだろうか。中小企業の経営者が経営難で自殺する話は珍しくない。一方で、繁盛して忙しく働き過ぎて自殺したという話はあまり聞いたことが無い。

上司が部下に成果を出させる為に長時間労働を無理矢理押し付けたこと以外に、他の要因があったはずだ。彼女はあてがわれた仕事が好きだったのだろうか。好き嫌いはさておき、もし上司が部下に愛情を持って接し、仕事の奥行と楽しさを教え、プロとして育てる気持ちがあれば結果は違ったのではないだろうかと思う。40-50年前のことと比較するのは乱暴だが、私の経験を紹介したい。

50年近く前に田舎から出て来て大企業でコンピューター技術者として働き始めた私は、入社早々から長時間残業が当たり前の職場に配属された。既に36協定はあったが現実は100時間どころか、150時間を超えて残業することもあり、200時間残業という豪傑(当時の職場はそう言わせる雰囲気があった)もいたが、残業時間を過少申告させる様なことはなかった。当時、シリコンバレーの若い起業家は寝る間を惜しんで働くと聞かされた。

私の記憶ではこんな滅茶苦茶な長時間残業をするのは、製品開発を担当する技術部門だけだった。開発の段階によって残業時間には極端な山谷があった。つまり暇な時もあった。上司に強いられたというより製品開発チームの一員として働き、結果として長時間残業をしたと思う。私だけ定時で帰ることは出来なかった。当時、大型コンピューターの開発が終わると「人柱」が出る(自殺の場合もあったらしい)と一度ならず聞かされた。

だが、当時の私は夢に見たコンピューター技師になる道が開かれると喜んで仕事をした。職場の上司や同僚は有名大学出身ばかり、私は最初からその他大勢扱いで良い仕事をして存在感を示すのに必死だった。逆に言うと上司から無理矢理仕事をさせられた記憶はなく、寧ろ挑戦的で困難な仕事があてがわれるのを待っていた。何の疑問もなく徹夜残業もやったし、正月明けから3ヵ月間休みを取らなかったこともある。

そんな時、先輩が電電公社(現NTT)向け装置開発にかかりっきりになった時、民需向けに転用した(つまりあまり難しくない)新規装置の開発が計画され、たまたま暇だった若造の私が装置開発担当になった。私にとっては能力を示す絶好のチャンスと思い、全力で開発に注力し幸運にも無事出荷にこぎつけた。その結果を認めてくれた上司のお蔭でその後は徐々に重要な仕事を任されチャンスを与えられた。

そのうち技術者だった私が管理職になり畑違いの仕事を任される度に、良い経験を積むチャンスを頂いたと前向きに取り組めたのは幸運だった。電通の彼女とは逆に上司に恵まれキャリアを重ねることが出来た。だが、その私もこのままでは過労死するのではと思ったことが一度ならずある。90年代初めに海外向けの製品開発計画の責任者になった時のことだ。

米国のカウンターパートと深夜までテレビ会議を行い激論となって喧嘩別れで終わった後、元々高かった血圧が180以上に急上昇して心底タマゲタ。高血圧だった父が心筋梗塞で死んだことを思い出した。それから数か月後だったと思うが、販売計画会議の状況を現地のホテルで説明中に「瞬間湯沸かし器」で知られた上司に怒鳴られ、私も寝不足と怒りで反論したが途中で頭が朦朧として気を失いそうになった記憶がある。

その時はヤバイと思ったが、当時私は既に分別ある(?)40代前半だったので踏みとどまった。振り返ると怒鳴られた時でも上司やカウンターパートは私に対する信頼があったのが救いだった。会議で鋭く対立し意見は違ったものの、決めたことは必ずやってくれると私を信じていたと後から聞いて救われた気がした。

ここまで長々と言って分かって頂けたと思うが、問題は長時間残業による過労だけではなかったというのが私の疑いだ。電通の上司には新人社員に対する愛情が感じられず、女性社員と上司の相互信頼が無かったのではないだろうか。もしあれば、ギリギリのところで彼女の命を救えたのではないだろうか。電通は残業時間の過少申告を強いたというから愛情など論外かも知れない。報道では彼女が担当した仕事が好きだったかどうかは分からない。多分、大好きという程ではなかったのではないだろうか。■
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