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悪役無しで報道の本質が問われる

2019-10-18 21:26:51 | ニュース
台風19号は年間降雨量の3-4割という大量の雨が広域に亘って降り、メディアがカバーしきれず何日も経ってやっと深刻な被災地の全貌が表面化する異例な事態になった。かつてない規模の災害で防災システムが機能せず、同様にメディアもしっかり報道出来なかったと思われる。

最も印象的だったのは東日本大震災時には東電が一人悪役になり、原発以外の問題が曖昧なまま放置されてしまったが、今回は明確な悪役を特定できず報道各社が焦点を絞れてない様に感じることだ。「池に落ちた犬を叩く」的な報道より各社が夫々に問題指摘するのは決して悪いことではない。逆にメディアの実力が問われ、各社まちまちの取材から隠れた問題が表面化するからだ。

東日本大震災時に自治体により犠牲者数が異なった原因は何か、3千人近くの人達が犠牲になったのに間接的な犠牲者が数十人の原発問題ばかり報じる報道姿勢は問題だと指摘した。米国に比べ日本のマスコミの影響力は圧倒的に大きい。電力会社と同じ公的な性格がある自覚に欠けると。

しかし、今回は東電や関電の様な明らかに「池に落ちた犬」はいなかった。その為だと思うが災害対応を手間暇かけて深く追求し本筋に迫ろうとする報道が散見される。自治体によって異なる大震災後の対応が裏目に出たり運用に問題があったり、異なる告知システムがどう機能したか、等々。

また、堤防とかダムとか防災システムはハードだけに頼らず、ソフト面での対応を組み合わせなければ現実的でないという声とか。自治体とか個人の判断により異なる結果が出た。住民は自分がどういう所に住んでいるか理解し普段から災害時に備えておかなければならない、自治体から消防や個人に至るまで、夫々の自助努力の重要さも指摘されている。

勿論、被害者意識丸出しの発言を繰り返す老人も沢山いた。彼等の声を電波に乗せるだけではメディアは責任を果たしたことにはならない。昔からそういう人はいる。だが、かつて長老の経験や言い伝えに基く貴重な考えに皆が耳を傾け知恵を出し合って対応してきたはずだ。日本人にはそういう歴史があったはずだ。残念ながら何故か最近そんな人の声がなかなか報じられなかった。

自治体から住民までが一体となってハードソフト両面からのコンセンサスと対応が生み出されるようにするのは報道にも責任がある。今回の台風19号の報道を機会に、このような認識が報道を変えていくことを是非とも期待したい。今回の報道は若干期待させるものがある。■

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