日本では、鎌倉北条が後醍醐天皇と足利、新田ら尊王武士団によって滅んで以後、徳川家康が、豊臣家を大坂城に滅ぼすまでの約300年間の内戦があり。
その後、約260年の長い平和が続いた。
明治維新によって、その平和は破られ徳川幕府と武家社会が日本から消え去った
明治政府は国力がつくと西洋に追いつくため、工業の発展と軍備増強(富国強兵)に力を注いだ。
そして台湾出兵支配下に置き、その後1894年「眠れる獅子」と言われた巨大国家「清国」(現中国にあった満州族国家)と戦争をして大勝利
そして国際ルールにのっとって勝利国の権利として莫大な賠償金を「清国」から取り上げ、更に清国の領土のなかに権益と租借地を勝ち取った。
それから間もなく、満州と朝鮮の利権を巡ってロシアと対立、日本の10倍の経済と軍隊をもつロシアに挑んだ。
そして同盟国イギリスの協力を得て、奇跡的な勝利をおさめたが、これは薄氷の勝利だった
そのため、清国から得たような賠償金は一銭も取れず、政府は国民の不興を買った、(余力があるロシアに対して、日本は破産寸前で戦争継続の余力が無かった)樺太の半分を受け取り、満州、朝鮮の権益を確かにしたにとどまった。
まさにこれを教訓に、昭和の戦争も最初の一撃の勝利の後で停戦に持ち込めばという考え方もあるが、それは無理だろう。
特にアメリカは負けたとも、日本を恐れたわけでもないし、真珠湾攻撃がルール違反の奇襲として、逆に反日感情を増大させてのだから、日本が停戦を持ち込んでも蹴ったであろう。
清国は日本に負けたことで一気に威信と国力を失った。
清国は満州民族が漢民族の国を武力制圧して作った国であったから、清王朝が弱ると漢民族の反乱などがおこって、ついに清王朝は滅んだ。
このどさくさに紛れて義和団の乱などに付け込み、日本、欧米各国は北京に兵を送り中国の主要な都市や港に権益を持つようになった。
日本は、日清戦争で勝ったことにより、清国の従属国家だった朝鮮王朝を解体して大韓帝国に改めさせた
さらに1910年には大韓帝国を解体して、朝鮮人に国家を運営する力が無いとし、日本帝国に吸収した、世界地図から朝鮮が消えて、それを世界も認めた。
朝鮮を手に入れた日本帝国は、さらに北の満州を思い通りにするため、傀儡国家の満州国を満州人に建国させて、清国の王子だった溥儀を初代皇帝の座に座らせた。
清国が滅んだあとの中国には漢民族の派閥がいくつか現れて、特に国民党蒋介石、満州閥の張作霖、ソ連で共産主義を学んだ毛沢東などが大きな派閥を作って、中国統一戦争を引き起こした。
満州の日本軍は張作霖をバックアップして、日本の都合の良い政権を作ろうとした。
満州の日本軍は関東軍といい、関東軍100万といって力を誇った
関東軍司令部は、次第に日本内地の指揮系統を無視して暴走を始めた。
盧溝橋事件などをおこして、内地の司令部の命令も無視して中国との戦争を始めた
挙句、味方だった満州で権力をふるう張作霖を暗殺してしまった。
こうして満州、朝鮮で巨大な力を得た関東軍は、さらに中国領内に攻め入った
アメリカやソビエト、欧州の強国はさすがに日本のやりたい放題を見逃せば、いずれ自分たちにも不利益が及ぶと考えて、満州に対して干渉してきた。
これらが原因の一つとなって、太平洋戦争、大東亜戦争が引き起こされる。
中国以外では、ソ連が一番の目の上のたん瘤だったが、日ソ不可侵条約を結んで、日本は対中国戦に、ソ連は対ドイツ戦に臨めるようになった。
明治維新から僅か70年ほどで、日本は世界を相手に戦争を始めた
ロシアや清国に対しては、わずか25年ほどで戦争をしたのだから驚きだ。
そして結果、日本は1945年に2発の原子爆弾を長崎、広島に落とされて、兵士および国民、およそ310万人を犠牲にして敗戦を迎えた。
310万人とはたいへんな人数だが、この戦争では中国人が1000万人以上、ソビエト人は2000万人以上も死んでいる
日本と同盟を結んでいたドイツも700万人以上死んでいる
国内が戦場にならなかったアメリカは亡くなったのは軍人だけで、およそ30万人だという(アメリカはヨーロッパ戦線と、対日戦線の両方に軍を送った)
あれ以来、今日まで78年間、日本は新憲法(連合軍によって作られた憲法)を守って対外戦争をしていない
しかし安倍、岸田政権の今、にわかに戦争ムードが高まりつつある感じがする
ウクライナ戦争、台湾の危機を例に挙げて、我が国も同様な環境にあると訴える。
世界的にも国防費の大幅な増額が論じられるようになったし、ドイツや日本も既に増額を実行に移し、さらに増額の予定だ。
当然ながら戦争当事国のロシアや、ますます巨大になる中国も莫大な国防予算の増額を実行している。
ここまでくると疑心と暗鬼で軍拡競争はますますエスカレートするだろう。
世界終末時計と言うのがある、午前零時を核戦争などによる人類の終末時間と定めて、今現在が何時何分何十秒であるかを示す時計だ。
これによると2023年1月の発表では23時58分30秒、即ち人類の終末まで、あと90秒に迫ったと言う。 1年間で10秒縮まったそうだから、この割合で行けば2032年に世界は終わる計算になる。
1月から7か月過ぎた今は、1月よりもっと危険度が高まっている気がする。
それは単に戦争危機だけでなく、環境破壊なども含まれるそうだ。
世界中で頻発する山火事、ここ数日ハワイでもアメリカ史上最悪の山火事被害が発生している。
マイクロプラの危険性もしかり、われわれの周囲ではどれだけのプラが使われて、どれだけが回収されているか
プラの中に埋もれて暮らしていると言っても良い
海岸清掃に行くと、どれだけプラごみがでているのか驚く、既に海の中に浮かんでいるプラごみも多い
これが砕けて、魚や鳥の内臓に入り込み、それを人間が食べて吸収する
まさに天に唾を吐いて、自分にかかる如しである。
終末時計はこれらも含めて進んでいるのだ。
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