人生の中で最悪の3年間を実感している
何度か書いたが、過去に「70歳頃、大きな波乱がある、それを乗り越えればうまくいく」と手相看に言われたことがある。
最近5年の間に「年賀欠礼」の年が4年もあった
今年も女房殿の親父さんが亡くなり、我が家も年賀欠礼
今年は、そのほか妹の亭主の母、その母の娘の旦那(元関取)も亡くなり、妹の嫁ぎ先も年賀欠礼
同列にできないが友達のY子の突然死、今朝には愛犬も亡くなった
去年は弟の妻が亡くなり、3年前、4年前には両親も亡くなった
今が人生の氷河期、運勢ではもう一年辛抱が必要らしい
運勢なんてナンセンスだが、この歳になってやはり天命によって人間は生かされているのだとつくずく思うようになった
そしてなにより「因果応報」は確かにあるのだと身をもって体験した
良き行いは良き結果を産み、悪しき行いは悪しき結果を産む、これは確かであることがわかった。
それでも生かされていることに感謝しなければならない
人間になるためには苦しみの期間も必要なのだ、苦しみ覚悟の非行も、時には魂を慰めるために必要な時期がある、それが必要ない人は「幸いな人」と言える、私は「幸いな人」になりたかったが、なり切れなかったようだ。
人生においても60歳までの一巡りは因果の「因」であり、それが60歳(還暦)から「結果」となって表れてくる。
今書いている「貧乏太閤記」にそれを何とか盛り込もうと、書きながら思っているが・・・。

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