甲越軍記より276話
武田義信の縦横無尽の戦ぶりを見て、大将謙信は「憎き小冠者め、いざ謙信が一手の下に冥土へ送ってやろう」と上杉重代の波の平行安の薙刀を追い取り、近寄る敵を薙ぎ切り、刎ね散らす形勢は火雷神の荒れたるが如し
怖れて寄り付く者なし、太郎義信これを見止めて「得たり謙信、我行くまでそこを引くことなかれ」と喚いて血に染みたる太刀を真向にかざして、馬を飛ばして乗りつける。
越後方の勇士、千坂内膳、市川主鈴、和田式部、永井源四郎、大川駿河、荒川伊豆、宇野左馬助、中條越前、竹俣三河、稲葉彦六、「大将の御大事このときなり、義を知り、忠を思う者は、ここを墳土と定めよ」と進み寄る武田勢を左右に引き受けて四角八面に打ち据える
近寄る者はすべてねじり首に投げ捨てれば、義信勢は遮られて少し退くを、宇佐美駿河、加地安芸、義信の横合いより穂先を揃えて突きいれば、元来小勢の義信勢はこらえきれずに崩れたつ
増城源八をはじめ家之子郎党痛手を負う、山田、川井、石田、矢ケ崎らも三か所、四か所と痛手を負う
義信も上杉の大軍に押し包まれて危うきとなり、もはや討死と見えたるところに馬場民部少輔、小幡尾張守、小山田信茂、相木市兵衛、真田一徳斎、真っ黒になって駆け付け。宇佐美、加地の背後よりまっしぐらに切って入る
宇佐美定行、これをものともせず、備えをさっと引き回し、小山田、相木の攻勢に立ち向かってかえって敵勢を押し返す
須田右衛門尉、安田上総介、山吉玄蕃、古志駿河も武田勢の真ん中にわき目も振らず切って入る
続いて荒川伊豆、鬼小島弥太郎、鐵上野介、山本宮千代、大国平馬、上条弥五郎、甘粕備後、斉藤下野、岩井藤四郎らの勇士、一歩も引かず血戦する
名におう武田、上杉の剛兵、一世の勇を振るい撃てども突けどもものともせず、東西に攻め寄せ、南北に別れて組み敷かれて討たれる者、手負いながら敵の足にかじりついて働かせぬ者、背から切りつける者、振り返り様に切り倒し、骨くだけ肉は散り、互いに討ちつ討たれつ、戦いは今暁に始まり、既に午の上刻となる
されども両者の息つぐ間もなく、ここに屍晒し、討った首は投げ捨てられ、喚き叫ぶ声は果てしなく続き、しのぎを削る音絶え間なく、山谷に響き渡り、木霊となって帰る
屍の山、血の川の流れ、川のはざまに折り重なる屍
殺気は天まで届き、苦戦はいつまで続くのか、もはや人形であれども人ではなく、みなみな殺気の鬼となって、ただただ殺し合うのみに集中する浅ましき
武田の正兵は次々に追いついて、越兵の真ん中にどっと攻め入る
中にも飫冨三郎兵衛、高坂弾正、小山田備中真っ先に入り、乗り回し、「謙信公を討ち取るはこの一戦也」と鞍つぼに立ち上がり大音にて下知すれば
広瀬、曲淵、三科、猪子、米倉、早川、辻、飯島、菅沼、孕石などの名だたる勇士は謙信を求めて切って回る。
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