今年も、何時もの場所に、「ヤマユリ」が咲いた。しかし、残念な事に、昨年よりも、花の数が少ない・・・このままだと、絶えてしまうかも・・・
ちょいと上げ気分に持ち直してきたと言うものの、どうも、エンジンの掛かりが悪くて、半日ぐらいは、何もしない時間を送っている。
2日の午後には、猛暑の関東から来てくれた友(ご主人と共に)と再会し、共通の友人宅(亡くなった友のお宅)にお邪魔して、夕食をご馳走になりながら、あれこれと近況を報告し合った。
手土産としてワインを持参したが、皆、余り飲めないクチなので、皆で、ビールを頂きながら、夕食(お寿司)を摘まむ。
だから、皆と比べたら、ビール量は飲んだだろうが、毎度の如くには、ススんでいなかったと思う(それでも、どの位の量だったのかは定かではない・・・という事で)。
確かに、皆との話は楽しいのだが、何故か、その話題に乗り切れない自分を感じていた。
20代の頃、この友とは、話に熱中しすぎて家に帰れなくなり、そのまま、友人宅に泊まってしまう事もあったのに・・・・
今、話題にしている事は理解して返答をするけれど、さっきの話題は、何だったっけ・・・と、しばし考えたりしているのだ。
私の体調の所為なのか、経てきた年の所為なのか・・・
それでも、はたっと気づいて時計を見ると、既に、午後9時を回っていた。
いやいや、もう、解散しなければ・・・と、タクシーを呼び、近くのホテルに泊まる友人夫婦と相乗りし、友人宅を辞去した。
午後10時前、帰宅してから、しばし、思い返していた。
確かに楽しい時間を過ごしてきたのに、空虚というのとは違うけれど、充実感がないのは、何故だろう・・・と。
それぞれが、違った生き方をしてきた故に、充実とか満足という、すこぶる個人的な感覚が違ってしまったからだろうか・・・
でも、そんな事は、今更、どうこう言う程、アマちゃんではないと分かっていることだし・・・
青春の一時期、あらゆることを共有していた(つまり、何時でもツルんでいた)友に、どこかに、その情熱を感じ取りたいという身勝手な思いがあったのかもしれないな・・・と、今は、そう思う。
あまり、亡くなった人(友だけではなく、父も、母も・・・)の夢を見る事の無い私だが、その3人組の夢は、時々、何の脈絡もなく見る事がある。
私にとっては、かけがえのない時間だったのかも知れない。
3日の午後は、近くの友人に頼み事をしてあったのが出来上がり、わざわざ持って来てくれたので、少し遅いランチを食べに出掛けた。
ランチの内容は、イマイチだが、美味しい珈琲を出してくれるのが、嬉しい。
昨日の私の気持ちなどを、2、3時間も、聞いて貰っているうちに、気分転換できたようだ。
バイオリズムUPをめざし、さあ~、もう少し、リキを入れてフカしてみよう!
この「ヤマユリ」のある場所は、かつて、住宅で在ったところが更地になり、そのまま、長く放置してあったところだ。
今は、草刈などはしているものの、相変わらず、更地のまゝだ。
自分の土地でないから、自由に出来ないけれど、ここを、「ヤマユリ自生地」として、整備したらどうかな・・・なんて思う事がある。