見もの・読みもの日記

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イラク日本人襲撃事件/手巾(はんかち)

2004-05-29 21:28:46 | 読んだもの(書籍)
○芥川龍之介「手巾」(はんかち)

 イラクで日本人ジャーナリスト2人が襲撃され、殺害された。61才の戦場カメラマンとその甥だった。それぞれの被害者の、奥様とお母さんが会見する映像がテレビに流れた。

 これに関連して「2ちゃんねる」を斜め読みしていた中に「遺族が薄ら笑いをしていたのはけしからん」という論調があった。「いや、旦那のいちばん望んだ死に方なんだから笑顔で送ってあげるのが正しい」「あの態度は立派すぎる」などなど。

 私はあの会見を見て、ああ、まるで短編小説の「手巾」(はんかち)みたいではないか、と思った。

 大学の先生のところに、指導していた学生の母親が、息子の急死を報告に来る。母親である女性は、口元にかすかな笑みさえ浮かべ、淡々と息子の死を語るので、先生はちょっと不思議に思った。ところが、ふと視線を落とすと、テーブルの下、膝の上でハンカチを緊く握りしめた女性の手は、動揺を抑えるように激しく震えていた。先生は見てはいけないものを見たようで、敬虔な気持ちにとらわれた、というような話。

 大学の国文の授業で読んだ記憶がうっすら残っていたんだけど、芥川だったか、鴎外だったかも定かでなく、「ちくま文庫」の鴎外全集、龍之介全集を片っ端からめくって見つけた。

 この作品、新潮や岩波の文庫には入っていないみたいなので、読んでいる人は少ないだろうねえ。文学の伝統が途絶えるってことは、文化規範とか社会倫理が断絶しているってことだ。芥川からこのかた、たかだか百年なのに。

 「手巾」の母親のように、公(おおやけ)の場では自分の個人的な悲しみとか動揺を極力出さないというのは、日本人の普通のふるまいだったはずなのに。同時に、悲しみに見舞われた人が、たとえ表面は平静に振舞っていても、内心は必ずしもそうでない、というのも日本人のコンセンサスだったと思う。さらに、そういう個人の内面は「見てはいけないもの」であるという倫理観も。

 何でもあけすけに語り、見せびらかすのがいいことで、そうしたがらない人に対してはマスコミや世論が、憶測や覗き趣味取材で裸にしようという風潮、なんとかならないだろうか。
コメント (3)
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