見もの・読みもの日記

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飢餓の記憶/カリスマ(佐野眞一)

2005-10-17 22:23:34 | 読んだもの(書籍)
○佐野眞一『カリスマ:中内功とダイエーの「戦後」』(上・下)(新潮文庫)新潮社 2001.5

 ダイエーの創業者、カリスマ経営者、中内功の生い立ちから晩年までを描いたもの。決して他人を信用しない冷酷さと、涙もろい人情味をあわせ持ち、カミソリのような鋭い嗅覚で、戦後の消費社会を作り上げ、晩年は、物欲と肉親愛に凝り固まった老醜を曝すまで、振幅の大きい対象を、あまさず描き出している。

 神戸の小さな薬屋に生まれ、影の薄い青年時代を過ごした中内は、戦後、「主婦の店・ダイエー」を開業し、「流通革命」「価格破壊」を旗じるしに、時代の寵児となり、巨大企業ダイエーグループを育てあげた。

 著者は、中内の原点を、戦争体験に見る。敗戦間際、食うものもなく、フィリピンの山中を彷徨しながら、先に眠れば味方に殺されて死肉を喰われるかもしれないという、極限状態の恐怖と人間不信を味わった。彼を打ちのめしたのは、アメリカ軍の圧倒的な物量であった(敵は、戦場でアイスクリームを作って喰ってたというのだから、やり切れないよなあ)。

 その結果、戦後の中内は、アメリカ消費文化の崇拝者となる。中内が目指したのは、あふれる商品の間を自由に回遊し、ショッピングカートに、前が見えなくなるほどの品物を詰め込む、アメリカ型スーパーマーケットの幸せを、日本の消費者にプレゼントすることだった。そして、中内の夢は、庶民の熱狂的な支持を持って迎えられた。みんな、飢餓と窮乏の記憶を癒したかったのだ。消費によって。

 「戦後」って、非常に強く、戦争の記憶に呪縛されていたのだな、ということを改めて感じた。中内だけではない。マクドナルドの藤田田、ロイヤルホストの江頭匡一も、アメリカという存在の巨大さを肌身で知り、それを一面では崇拝し、一面では格闘し続けてきた企業経営家である。アメリカなんて、敗戦なんて知らないよ、とうそぶいて、戦後の消費社会を、当たり前のように謳歌してきた自分も、実は、彼らの――というのは、戦争と飢餓のトラウマの――手のひらで踊らされていただけかもしれない、としみじみ考えてしまった。

 そして、フィリピン戦線で国家に捨てられた中内の恨みを示すごとく、戦後日本の国家経済に深々と食い入り、”共倒れ”しかねないところまで行ってしまったダイエーが、立ち直れるか否か、それは我々自身の戦後の建て直しに直結しているように思う。

 福岡ソフトバンクホークス(旧ダイエーホークス)敗戦の夜に。

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