見もの・読みもの日記

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不機嫌なメアリー・ポピンズ(新井潤美)

2005-10-05 08:24:25 | 読んだもの(書籍)
○新井潤美『不機嫌なメアリー・ポピンズ:イギリス小説と映画から読む「階級」』(平凡社新書)平凡社 2005.5

 どこの社会にも”アッパー(上級)”と”ロウァー(下級)”の区別はあるものだが、イギリスのそれには、他国と異なる、いくつかの独特な性格がある。

 まず顕著なのは、喋り言葉で出身階級が分かってしまうこと。まあ、これはどこの国でも(日本でも)アリだが、「What?」と単刀直入に聞き返すほうがUpperで、「Pardon?」などとフランス語系の気取った言い回しを使いたがるのは「成り上がり」のNon-Upperの目印、というのは手が込んでいる。

 語彙だけでなく、発音にも大きな違いがある。訛りの強いワーキング・クラスの英語「コックニー」に対して、アッパー・ミドル・クラス以上の人々は、訛りのない、歯切れのいい英語Received Pronunciation(RP)を喋る。

 したがって、『マイ・フェア・レディ』の花売り娘イライザが徹底的に仕込まれるのは「発音と話し方」である(彼女に文学や芸術など、真の教養を教えようという試みはなされていない)。ハリウッド映画『プリティ・ウーマン』でジュリア・ロバーツ演じる娼婦は、有閑マダムに変身して高級洋品店を訪れ、店員を騙すことに成功する。しかし、これがロンドンであれば、ひとこと口を開いたとたん、たちまち「お里が知れて」しまうだろう、と著者は指摘する。

 興味深いことに、イギリスのアッパー・クラスでは、「インテリである」ことは美徳とされない。「私はほとんど本を読まない」とか「学校の成績はよくなかった」ということを堂々と言えるのが、真のアッパー・クラスなのである。一方、ミドル・クラスの人々は、一生懸命勉強し、その成果をひけらかす、知的スノッブに陥りがちである。

 本書は、このように複雑な階級意識を鍵にして、ジェイン・オースティンやディケンズから、『メアリー・ポピンズ』『ハリー・ポッター』、そして『ブリジット・ジョーンズの日記』まで、よく知られた小説や映画を読み解いていく。なかなか普通の日本人には、そこまで微妙な英語のニュアンスを聞き分ける(または読み分ける)ことができないので、説明を聞いて、初めて、なるほどと思う解釈もあって、おもしろい。『ハリー・ポッター』原作のハーマイオニーは、典型的なミドル・クラスの頑張り屋さんだが、映画では「らしからぬ」きれいなRP英語を話す、とか。ロンは、経済的には苦しくても、魔法使いとしては由緒正しい家系の出身で、いいとこの坊やらしくおっとり型だが、映画では、ちょっとワーキング・クラスのアクセントがある、という具合。

 さらに、グローバリゼーションの急速な進展(移民の大量流入)によって、変貌しつつあるイギリス社会と、それを素材とする現代小説の階級意識を扱った最終章も、興味深く感じられた。
コメント (2)
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