見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

都心の桜/山種美術館

2007-04-07 22:42:36 | 行ったもの(美術館・見仏)
○山種美術館 『桜さくらサクラ・2007 ―花ひらく春―』

http://www.yamatane-museum.or.jp/

 東京の桜の盛りはたぶん先週末だったのだろう。今年は身辺が慌しくて、すっかり見逃してしまった。ついでに言うと、大倉集古館で3/13~18に公開された横山大観の『夜桜』も見逃した。ちゃんと手帳に書いて、指折り数えて待っていたのに~!

 うじうじ悔やんでいてもしょうがないので、「これからでも見られる都心の桜」を見に行った。目指したのは、桜の名所、千鳥が淵ではなくて、そのすぐそば、九段にある山種美術館である。毎年この時期に「桜」をテーマにした展覧会を開いている。

 桜がすみの薄桃色を頭に描きながら会場に入ると、正面の壁いっぱいに、新緑の渓流を描いた大画面が掛かっている。奥田元宋『奥入瀬(春)』という大作である。萌え立つ若緑の中に山桜の一株が混じっている。一見すると写実的な画風で、大きな窓から外の風景を見ているようだ。あるいは大スクリーンに映した環境ビデオのようでもある。ところが、近寄ってみると、意外と対象のディティールにはこだわらず、印象派ふうに、軽やかで自由な色の置きかたをしていることが分かる。特に木の幹や枝の間に覗く「空」であるべき空間が、金色に塗られているのにはびっくりした。これが、離れて見ると、木洩れ日のような効果をあげているのだ。

 次の部屋に進むと、奥村土牛の『吉野』があった。なだらかな丸みを見せる近景の山の稜線と、角ばった遠山の稜線が対比的。手前の桜も抽象化されて、つぶれたおにぎりみたいなフォルムに描かれている。堂々とした(どこか男性的な)造型感覚を、和菓子の包装紙みたいな、青・緑・桜色の、はんなりした色彩で包んでいるところがおもしろいと思う。

 添え書きによれば、昭和52年、土牛88歳の作だが、「昭和47年(ということは83歳!)まで花の吉野を見る機会がなかった」のだそうだ。その後、昭和51年に秋と新緑の吉野を見て、この作品を描いたが、「華やかというより気高く寂しい山であることを知った」という。そういえば、「気高い寂しさ」を表す奥山の青(ブルー)は、金峯山寺の秘仏、蔵王権現の肌の色である。

 3つの展示室をまわって、あれっと思った。私が最も期待していた作品がないのである。奥村土牛の『醍醐』だ。醍醐寺の枝垂れ桜を描いたもので、昨年の参観記に書いたとおり、私には「桜の木が、杖をつき、少し衣を引きずる老女に見える」のである。残念~。実は、このあと、4月下旬から始まる『開館40周年記念展』に備えて、今年は温存されたらしい。仕方ないなあ、また見にこよう。




コメント (1)
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