見もの・読みもの日記

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掌で味わう近世/江戸の出版(中野三敏)

2007-04-12 23:09:39 | 読んだもの(書籍)
○中野三敏『江戸の出版』 ぺりかん社 2005.11

 新宿南口の紀伊國屋書店でのことだ。人文書の平積みの棚に本書が載っていた。おや、こんな本が出ていたのか、と思って、中を眺め、気に入って買うことに決めた。よく見たら、別に本書は新刊本として積まれていたわけではない。誰かが買おうかどうか迷った末に、そのまま投げ出していったか、または棚卸し作業中の書店員が、仮置きに置いて忘れたのかもしれない。しかし、まわりを見渡した限り、私が本書をレジに持っていっても、困る人はいそうになかったので、最初の目論見どおり、買って帰ることにした。こんなことがあるから、やっぱりオンラインショッピングより、書店を歩くことが好きなのだ。

 本書は、ぺりかん社の雑誌『江戸文学』15、16号特集「江戸の出版」をもとに構成されたものだという。だから、ハードカバーの外見がゴツイが、中味は論文や対談やコラムを集成したものだ。「版式」が雑誌掲載当時のまま(たぶん)というのが、なんだか「江戸の出版」っぽくてよい。

 実は、私は3月まで、大量の江戸の出版物に近いところで仕事をしていた。だから、本書に取り上げられた絵草紙とか合巻とか、芝居番付とか浄瑠璃中字正本とか、出雲寺屋の武鑑とか、どれも親しく懐かしいものばかりだった。

 近世(慶長から文化までの200年間)に出版された万葉集の版本は古活字版、製版、近世活字版という3種の様式にわたり、7種を挙げ得るが、その版式はすべて8行18字詰めで統一されている、なんてのは、だからどうなんだという程度の豆知識だが、可能な範囲で確かめてみたかったな~と思う。

 芝居番付というのも、よく分からない資料だった。江戸歌舞伎の興行は、初日までに全幕が揃うことは稀で、興行が始まったあとでも、抜き差しや直しが入り、不入りや悪評の場合は別の狂言が追加されたりした。こうした頻繁な変更情報を観客に伝える使命を負っていたのが芝居番付である。紙面の汚れなどは気にすることなく、とにかく当時の出版技術を総動員して、迅速に大量の出版が行われたのだという。

 明治の半ばまで存続していた絵草紙屋は、錦絵を店頭で吊るし売りしていた(古写真あり)。ランプに照らし出された極彩色が、どれだけ生々しい想像を誘ったことか。これを駆逐したのは絵葉書屋だったという。明治10年代、漢籍の復刻を大量に出版した東京鳳文堂の顛末記も興味深く読んだ。

 本書には「近代諸外国出版事情」と題し、ドイツ、フランス、イギリス、中国の出版事情の簡史も付いていて、これがまた一興。ドイツでは、18~19世紀に「経済的利益のみにとらわれない偉大な出版者たち」が輩出し、執筆者グループと精神的なつながりを持ち、近代ドイツ文学の発展に寄与した。この伝統は20世紀にも連綿と受け継がれているという。一方、著作権(版権)は永久的なものであるという根強い主張を持ち続けたのは、イギリスのブックセラーたち。中国の出版が、意外とアナーキーでお上の統制の及ばなものであった、というのも面白い。

 コラム「ベルヌーイの虫干し」は、和本を「のど」(綴じたほう)を上に、少し開いて、屋根のように立てる、という虫干しのおすすめである。狭いスペースにたくさんの本が干せ、紙面に直射日光が当たらないのでよいことづくめだというけれど、いいのかなー、和本ってこんな荒っぽい扱いをして。
コメント (2)
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