○野口武彦『幕末バトル・ロワイヤル』(新潮選書) 新潮社 2007.3
雑誌『週刊新潮』に連載された「天保妖怪録」「嘉永外患録」を収録。前者は水野忠邦が運と才能を恃んで幕政の中心にのし上がり、過激な構造改革「天保の改革」に着手するが、庶民や幕臣仲間の恨みを買い、失脚。文字どおり、江戸の民衆に「石もて追われ」隠居謹慎の末、出羽国山形藩に転封となった。
小学生の頃、マンガで日本史を学び始めた頃から、水野忠邦の印象はよくなかった。「享保の改革」の徳川吉宗、「寛政の改革」の松平定信は(戦国武将のように派手ではないけれど)それなりに颯爽としたヒーローのおもかげが感じられた。しかし、「天保の改革」は、なんだか歯切れの悪い失敗に終わる。これも戦国武将と違って、「人生五十年」と腹を切ったわけではないが、失脚後は歴史の表舞台に戻らなかったらしい。ふぅーん、「改革」というのは、つねに成功するものではないのだな、ということと、太平の世における「失敗したオトナ」の人生の終幕を、子ども心にぼんやり学んだのが、水野忠邦という存在だったように思う。
あれから40年。すっかり大人になって見返してみると、「失敗者」水野忠邦の生涯は、善悪を別として、なかなか味わい深い。人並み以上の才知、使命感、決断力と実行力。そして旺盛な権勢欲。どんな対策を以ってしても、およそ「起死回生」の可能性を感じさせない、政権退潮期にめぐりあわせた運の悪さ。
著者が本書の根本資料としたのは、首都大学東京附属図書館情報センターが所蔵する「水野家文書」で、マイクロフィルムで読めるが、ほとんど活字化されていないそうだ。まあ近世文書くらい原文で読めということだろうが、水野忠邦の人気のなさも一因ではないかと思う。
後半「嘉永外患録」は、ペリー来航から日米和親条約の締結までを描く。一般の歴史書では、その後の日本の運命を決めた、幕府高官の対応を記述することが主となるが、本書には、実際に「異文化接触」を経験した下級官吏や庶民の姿が活写されていて面白い。
ところで、このとき、幕府からアメリカ艦隊へ贈られた礼物の中には、漆、陶器、絹織物などの高級工芸品に混じって、シュロ箒30本があり、今もスミソニアンの米国歴史博物館に収蔵されているという。これは「早く帰ってくれ」という逆さ箒のオマジナイだたのではないか、との由。江戸の俗文学を読み込んだ著者ならではの明察だろう。
雑誌『週刊新潮』に連載された「天保妖怪録」「嘉永外患録」を収録。前者は水野忠邦が運と才能を恃んで幕政の中心にのし上がり、過激な構造改革「天保の改革」に着手するが、庶民や幕臣仲間の恨みを買い、失脚。文字どおり、江戸の民衆に「石もて追われ」隠居謹慎の末、出羽国山形藩に転封となった。
小学生の頃、マンガで日本史を学び始めた頃から、水野忠邦の印象はよくなかった。「享保の改革」の徳川吉宗、「寛政の改革」の松平定信は(戦国武将のように派手ではないけれど)それなりに颯爽としたヒーローのおもかげが感じられた。しかし、「天保の改革」は、なんだか歯切れの悪い失敗に終わる。これも戦国武将と違って、「人生五十年」と腹を切ったわけではないが、失脚後は歴史の表舞台に戻らなかったらしい。ふぅーん、「改革」というのは、つねに成功するものではないのだな、ということと、太平の世における「失敗したオトナ」の人生の終幕を、子ども心にぼんやり学んだのが、水野忠邦という存在だったように思う。
あれから40年。すっかり大人になって見返してみると、「失敗者」水野忠邦の生涯は、善悪を別として、なかなか味わい深い。人並み以上の才知、使命感、決断力と実行力。そして旺盛な権勢欲。どんな対策を以ってしても、およそ「起死回生」の可能性を感じさせない、政権退潮期にめぐりあわせた運の悪さ。
著者が本書の根本資料としたのは、首都大学東京附属図書館情報センターが所蔵する「水野家文書」で、マイクロフィルムで読めるが、ほとんど活字化されていないそうだ。まあ近世文書くらい原文で読めということだろうが、水野忠邦の人気のなさも一因ではないかと思う。
後半「嘉永外患録」は、ペリー来航から日米和親条約の締結までを描く。一般の歴史書では、その後の日本の運命を決めた、幕府高官の対応を記述することが主となるが、本書には、実際に「異文化接触」を経験した下級官吏や庶民の姿が活写されていて面白い。
ところで、このとき、幕府からアメリカ艦隊へ贈られた礼物の中には、漆、陶器、絹織物などの高級工芸品に混じって、シュロ箒30本があり、今もスミソニアンの米国歴史博物館に収蔵されているという。これは「早く帰ってくれ」という逆さ箒のオマジナイだたのではないか、との由。江戸の俗文学を読み込んだ著者ならではの明察だろう。