見もの・読みもの日記

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印刷と写本の間/アラビアンナイト(西尾哲夫)

2007-04-30 22:35:31 | 読んだもの(書籍)
○西尾哲夫『アラビアンナイト:文明のはざまに生まれた物語』(岩波新書) 岩波書店 2007.4

 著者の名前には見覚えがあった。2004年にみんぱく(国立民族学博物館)で開かれた『アラビアンナイト大博覧会』の監修者(?)のおひとりだったはずだ。もっとも、私はみんぱくの会期は見逃して、2006年、岡崎市美術博物館での巡回展を見に行ったのであるが。

 本書の内容は、上記の展覧会と重なるところが多いので、詳しくは繰り返さないが、私がいちばん惹かれるのは、「アラビアンナイト」の成立と伝承にまつわる”書誌学的”ミステリーである。一体、アラビアンナイトの原典(=最も正統な写本)はどこに、どこかに存在するのだろうか?

 本書によれば、中東では「アラビアンナイトは『書かれたもの』と『語られたもの』の中間を縫うようにして伝えられてきた」という。そのことが、まず「原典」の確定を難しくしている。第二に、アラビアンナイトは、1704年にフランス語版(ガラン版)が「出版」されたあと、ヨーロッパ各国で翻訳と出版が相次ぎ、廉価な貸本を通して、一般庶民にまで広まった。他方、中東は、まだ「写本」の時代だったから、ヨーロッパ人の熱狂を目にした中東出身者によって、あやしげな偽写本が続々と作られることになった。この「印刷・出版」と「写本」の往還を通して成長したという点が、アラビアンナイトの大きな特徴なのではないかと思う。

 そうして、東洋と西洋の、さまざまな「物語への欲望」を取り込んだ結果として、現在のアラビアンナイトはある。まぼろしの原典探しは学問的な興味をそそられるが、あるがままのアラビアンナイトを楽しむことも忘れないでおきたい。著者によれば、日本の子どもたちはシンデレラに感情移入することはできても、アラビアンナイトの登場人物に感情移入することは難しい、という報告があるそうだ。ええ~そうなの?

 私は、「アリババ」に登場する勇敢で賢い女奴隷のマルジャーナが好きだった。壺に隠れた盗賊たちを全て油で焼き殺してしまうんだから、恐ろしい毒婦だけど(アリババは、最後に、よくこんな女性を娶るなあ)。それから「妹をねたんだ二人の姉」で、冒険の末、魔物によって石に変えられた二人の兄を助け出し、三つの宝物を手に入れる末の妹も。アラビアンナイトには、ヨーロッパのおとぎ話には出てこないような、男まさりの行動的な女性がたくさん登場する。コンピュータゲームで凛々しいヒロインを見ているいまの子どもたちには、きっとなじみやすいはずなのに。
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