見もの・読みもの日記

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モンマルトルにようこそ/ロートレック展(サントリー美術館)

2008-02-03 23:43:33 | 行ったもの(美術館・見仏)
○サントリー美術館 開館記念特別展『ロートレック展-パリ、美しき時代を生きて』

http://www.suntory.co.jp/sma/

 モンマルトルの歓楽街に暮らし、ダンスホールのポスターや、芸人、踊り子、娼婦たちの肖像を描いたロートレック(1864~1901)。身体的障害を抱え、アル中と梅毒で精神を病み、37歳で死去した。

 そんな(要約してしまえば)凄絶な生涯とは裏腹に、楽しい展覧会だった。入ってすぐ、重厚な石造りの風車の、大きな白黒写真が目に入る。すぐには分からなかったが、19世紀末のムーラン・ルージュ(赤い風車=モンマルトルのキャバレー)の絵葉書を引き伸ばしたものらしい。本展は、国内外の美術館から集めたロートレック作品のほか、当時のパリの風俗をしのばせる、写真、絵葉書、大衆雑誌など、さまざまな資料で立体的に構成されている(鹿島茂さんのコレクション多し!)。会場の一角には、古いレコードのような音楽が低く流れ、当時の白黒動画も見ることができる。

 たとえば、よく知られた、ムーラン・ルージュのポスター『ラ・グーリュ』(実物は、ずいぶん大きいんだなあ)。その隣には、実際にラ・グーリュ(大食い)と呼ばれた女性ダンサーと、その相棒ヴァランタン・デゾセ(骨なしヴァランタン)という男性ダンサーの写真が掲げられている。女道化師シャ・ユ・カオも、長い黒手袋がトレードマークのイヴェット・ギルベールも、きちんと写真が残っているのだ。詳しい履歴や、人柄を伝える逸話を残す人物も多い。

 黒い帽子に赤マフラーの伊達男『アリステッド・ブリュアン』も、一度は見たことのある作品だ。ブリュアンは、隠語や下品な表現を連発し、客を罵倒することで人気の芸人だった。このポスターは「アンバサドール」というキャバレーでの興行に際して作られたが、あまりに大胆で強烈な仕上がりに支配人は驚いて逃げ腰になった。しかし、ブリュアンは、このポスターを使わなければ出演しないと宣言し、使用を継続させたという。会場には、このブリュアンが一瞬だけ映っている、貴重な白黒フィルムが流されていた。いやー。百年前の動画フィルムって、ちゃんとあるんだ。サーカスの人気者、フッティ(白人)とショコラ(黒人)も動画が残っていて、びっくりした。

 ロートレックのポスターといえば、キャバレーの興行に関するものばかりと思っていたが、雑誌や小説など、出版に関するポスターも多いことを知った。テレビのない当時、視覚的な宣伝メディアといえば、ポスターが第一だったんだな。それにしても、ロートレックのグラフィックデザインの大胆さ、斬新さには舌を巻く。日本の浮世絵の影響は強いと思う。『ジャヌ・アヴリル』の、遠近のメリハリをつけた構図なんか、まんま北斎である。上記の『アリステッド・ブリュアン』を写楽の大首絵と比べた解説には、思わずうなずいた。

 しかし、その若すぎる晩年、娼婦たちを描いた版画集『彼女たち(Elles)』では、人目をひきつける強烈さは影を潜め、むしろたどたどしい描線が、おずおずと対象に肉薄していくように感じる。中年の娼婦の脇腹、崩れた体型にしのびよる残酷な老い、あるいは、倦怠と生活感のただよう無防備な後ろ姿。あるいは、死体のようにじっとベッドに仰臥する女。なにか痛ましいほど内省的な作品である。日本の近世美術の「型」を学び、もしかしたら「粋」の精神を共有しながら、それを超えてしまった近代人の病いを感じさせる。

 ところで、大原美術館が所蔵する『マルトX夫人の肖像』は、ロートレック最晩年の作である。精神を病んだロートレックに、友人たちは、彼の好む女性像を描くことを勧めたが、ロートレックは女性を醜く描くという風評が立っていたため、女性たちはモデルになりたがらなかった。この落ち着いた横顔を見せる女性が何者であるかは不明なのだという。なんとも言い難い。でも、最後にこの豊かで静謐な女性像があることに、私は少し救われるような気持ちがする。

※作品画像(大原美術館以外)は「アートdeドリアン」から。
http://art.pro.tok2.com/index.html
コメント
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