見もの・読みもの日記

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市民講座・関西中国書画コレクションと京都大学(東京会場)

2011-01-29 23:35:52 | 行ったもの2(講演・公演)
○京都大学東京オフィス 市民講座『関西中国書画コレクションと京都大学』(2011年1月29日)

 辛亥革命(1911年)から100年目に当たる2011年、関西の9つの美術館・博物館で「関西中国書画コレクション展」が開催される。京都大学文学研究科は、この機会に合わせて全6回の市民講座を開催。全6回シリーズの3回目は東京会場で、3つの講演が行われた。あまりにも面白かったので、後学のため、少し詳しくメモを取っておきたい(関係者の方、ご寛恕ください)。

■関西中国書画コレクションと京都学派(講師・曽布川寛)

 「関西中国書画コレクション研究会」は、主に関西の、特徴ある中国書画コレクションを所蔵する美術館の「若い人たち」が中心となって立ち上げた研究会で、今回のコレクション展(後述)が初めてのイベントである。

 関西中国書画コレクションには、(一)宋元明清(全時代)の書画にわたる:(1)上野コレクション(京博)、(2)阿部コレクション(大阪市美)、(3)山本コレクション(澄懐堂美)、(4)黒川コレクション(黒川古文化研)、(5)藤井コレクション(有隣館)、(ニ)宋元明清絵画:(6)住友コレクション(泉屋博古館)、(7)大和文華館コレクション(同館)、(三)明清書画:(8)住友寛一コレクション(泉屋博古館)、(9)橋本コレクション(東京・松濤美)[→参考]、(四)近現代書画(阿片戦争以後):(10)須磨コレクション(京博、近年受贈)[上田秋成展の併設展で見た→京博のページ]、(11)観峰館コレクション(同館)、(12)林宗毅コレクション(久保惣)がある。

 最も網羅的なコレクション(1)~(5)は、いずれも大正初年から昭和にかけて、辛亥革命後の中国で、書画の名品が市場に出たものを日本が引き受けるかたちで形成された。リーダーとなったのが、京都学派(京都帝国大学文科の中国学研究者たち)、とりわけ、内藤湖南(1866-1934)。さらに、政治家・犬養木堂、美術商・原田庄左衛門(博文堂初代)など学術・政財界の連携のもと、組織的に蒐集された。

 湖南は、明治43年(1910)北京に赴き、端方(たんぽう、古書画の収蔵家)邸でコレクションを実見。また大正6年(1917)にも北京の京師書画展覧会で完顔景賢らのコレクションを実見。この体験により、日本の古渡りの絵画と本場の名品の落差を発見して「我が国人に中国書画に対する正しい鑑賞眼を開かさしめること」を目指したという。

■上野コレクションと内藤湖南(講師・西上実)

 上記、湖南の呼びかけに最初に反応したのが上野理一(有竹斎、1848-1919)だった。上野は村山龍平とともに雑誌「国華」を発刊したことでも知られ、茶の湯、日本美術にも造詣が深かったが、晩年の10年は中国書画の蒐集に集中する。しかし、上野コレクションは、中国古画の大物には欠け、明清に偏っている。それは、湖南の最初の訪中後の報告(京大構内で原寸大写真による展覧会を開いているらしい。雑誌「国華」250号に記事)には反応したが、2度目の訪中後の助言を受ける機会はなかったのではないか、という。

 なお、「国華」250号、257号の記事によれば、明治43年(1910)には、東京帝大からも瀧精一が北京に趣き、京大から派遣されていた5人と合流して、端方コレクションを訪ねているのだそうだ。

 中国絵画には、北宗(ほくしゅう)=職業画人の画/南宗(なんしゅう)=文人画という分類があり、前者は士大夫の学ぶべきものでないと見なされている。日本にある古渡りの宋元画は、ほとんどが南宋以降のもの(小画面の院体画、北宗画の一)であり(※逆にこの時期のものは中国にあまり残っていない)北宋の作品はあまり伝来していない。また、湖南によれば、日本では「一種の地方色のある」浙派(これも北宗画の一)などが喜ばれてきた(ということで、浙派の作品の一例をスライドで見せてくれたが、あ~なるほど日本人好みだ、と思った。ベタッと墨を刷いたような岩の表現とか、雪舟を思い出した)。こうした粗放な表現は、品がないといわれて、特に明末以降は貶められるようになった。ところが、日本の中国理解は明までで固定し、清代における変化が伝わっていなかった。

■内藤湖南の書画論(講師・宇佐美文理)

 中国の伝統的な芸術理論は、技術を超えた「何か」を尊重する。「何か」とは「気象」「気韻」など、作者の内面、人格など個人に帰せられることが多い。これに対して、湖南は技術を超えたものを「趣味」と表現する。趣味は歴史的に形成され、発展していくものと考えられる。この点に、歴史家・湖南の独創性がある。趣味(ものの見方)だけでは絵画にならないから、表現技術が必要となる。しかし、あえて技術を極限まで削ぎ落とし、趣味だけが残るような状態こそ理想と湖南は考えていた。

 湖南は趣味(洗練)に欠けるものを「じじむさい」と呼んで嫌った。講師によれば「じじむさい」は京ことばなので「名古屋出身の僕には、そのニュアンスがなかなか掴めない」とおっしゃっていた。そうなのか。私は東京生まれだけど、この言葉、知ってはいたが…。辞書に書いてある意味と京都生まれの奥様の説明は、どうも違う、というのが面白かった。北派の書(北魏時代の碑文に見られる金石文の書体)は「じじむさい」って、一刀両断の批評だなw。

 最後に短い質疑応答の中で、湖南は、宋よりも清朝初期の(一見つまらない)絵画に価値をおいていた、という発言(曽布川先生?)があったこと、それと、湖南は、中国書画の正統中の正統、すなわち清朝宮廷コレクション(台湾故宮博物院に伝わる)を見る機会がなかったことが惜しまれる、という指摘も興味深かった。

 宇佐美先生は、中国の伝統には「人為に対する抵抗」がある、という表現をなさったけれど、どうなんでしょう。私は、昨年、東文研の公開講座で菅豊先生がおっしゃった「中国人は、日本人ほどに、あるがままの自然を好まない」という見解のほうに共感するんだけど…。

※さて、肝腎の「関西中国書画コレクション展」については、ネットの上にあまり情報が流れていないようなので、パンフレットの内容をテキストに起こしておく。(→正確な情報は各館に確認してください!)

・京都国立博物館 上野コレクション寄贈50周年記念『筆墨精神-中国書画の世界-』(1月8日~2月20日)
・京都国立博物館 『中国近代絵画(仮称)』(2012年1月7日~2月26日)

・澄懐堂美術館 『中国書画名品展Ⅴ』(2月27日~6月5日)
・澄懐堂美術館 『祝賀と祥瑞(仮称)』(9月11日~12月11日)

・黒川古文化研究所 名品展『中国書画-受け継がれる伝統美-』(4月16日~5月15日)
・黒川古文化研究所 『中国の花鳥画-彩りに込めた思い-』(10月15日~11月13日)

・藤井斉成会有隣館 『指定文化財等 中国書画特別展』(5月1日、15日)
・藤井斉成会有隣館 『指定文化財等 中国書画特別展』(11月6日、20日)

・観峰館 『没後百年 銭慧安展(仮称)』(4月16日~6月19日)
・観峰館 『生誕百年 原田観峰が蒐集した中国書画展』(6月25日~8月28日)
・観峰館 『中国近代書画コレクション展』(9月3日~12月11日)

・和泉市久保惣記念美術館 『中国近代絵画-定静堂コレクションの名品-』(6月11日~7月31日)

・大阪市立美術館 『中国書画Ⅰ-館蔵・寄託の優品(仮称)』(9月17日~10月16日)
・大阪市立美術館 『中国書画Ⅱ-阿部コレクション(仮称)』(10月20日~11月23日)
・大阪市立美術館 『中国拓本-師古斎コレクション(仮称)』(2012年1月7日~2月26日)

・泉屋博古館 『住友コレクションの中国絵画』(9月3日~10月23日)

・大和文華館 『中国美術コレクション展』(11月19日~12月25日)

※さらに、中国書画が一部展示される展覧会として、

・大和文華館 開館50周年記念名品展Ⅲ『大和文華館の中国・朝鮮美術』(2月19日~3月27日)
・泉屋博古館 『書斎の美術-明清の玉・硝子・金工を中心に-』(3月12日~6月26日)
・和泉市久保惣記念美術館 常設展(12月10日~2012年1月31日)

今年も西国札所めぐり的な関西詣でのリピートになりそう…。いちばん行きにくいのは藤井斉成会有隣館かな。第1、第3日曜日しか開かないので、さすがの私も訪ねたことがない。でも、いい機会なので、必ず行ってみたい。

蛇足。パンフレット表紙の内藤湖南先生の写真がすごくいい。好きだわ、この笑顔。
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