○君塚直隆『肖像画で読み解くイギリス王室の物語』(光文社新書) 光文社 2010.9
本書は、12点の国王・女王の肖像画を取り上げ、イギリス王室500年(テューダー王朝~)の歴史をたどる読みもの。序章では、11世紀のノルマン征服(コンクウエスト)からバラ戦争までが短く紹介されている。
最初に登場するのが、15世紀後半のヘンリ七世。弱小国イングランドの王として、強力な同盟者を必要としたヘンリ七世は、息子および自身(再婚)の嫁探しに奔走する。オーストリアの○○家の○○王女とか、スペイン国王○○の娘とか、慣れないカタカナ人名が洪水のように登場して慌てる。ヨーロッパの王室史は「一国史」ってありえないんだなあ。ヘンリ七世の息子が、巨漢で有名なヘンリ八世、その娘でイングランド史上初の女王・メアリ一世を挟み、エリザベス一世の時代へ。スペイン艦隊を破り、大英帝国の基礎を築くとともに、君主と議会との相談によって国の重要事項を決定していくという慣例をつくったのも彼女であるという。
こんなふうに西洋史に疎い私でも多少は知っている名前が続くところもあれば、あまり印象のない名前が延々と続くところもある。しかし、何も知らない国王でも、カラー図版の肖像画を見ると、このひとは好きになれそうとか、このひとはちょっと駄目とか、無責任な直感が働いて、文章を読む助けになる。華麗な衣装に身を包み、家族との幸せな姿を描かれたチャールズ一世が、のちに清教徒革命で公開処刑された国王であることを知ると、感慨深く、肖像画に見入ってしまった。
面白いのは18世紀、イギリスの植民地政策は「有益なる怠慢」と呼ばれる(いい言葉だ!)のんびりしたものだったが、理想に燃える勤勉な「愛国王」ジョージ三世は、強引な新税を押しつけ、挙句、アメリカの独立を招いてしままった。生真面目な国王は精神に不調をきたし、その摂政(リージェント)になったのがジョージ四世。不肖のドラ息子だが、美術館や文芸協会のパトロンとして、果たした役割は大きかった。イギリス王室史には、約束事の「繰り返し」があって、真面目な国王の次は派手好きな放蕩息子、と決まっているように思う。
19世紀はヴィクトリア女王の時代だが、より興味深いのは、女王没後の20世紀初頭。ヨーロッパ諸国の王室のほとんどが、イギリスと閨閥関係で結ばれている。ロシアのニコライ二世の妻アレクサンドラはヴィクトリア女王の孫で、「ニッキー」と「アリッキー」の夫妻は、「バーティおじさん」ことイギリス国王エドワード七世と、毎年のように親交を温めていた。『坂の上の雲』を見てるけど、こういう特殊な紐帯をもつ「ヨーロッパ列強」の間に、日本が割って入るのは、いくら経済力を伸長させ、近代的な外交かけひきを学んでもムリだったんじゃないか、としみじみ思った。
20世紀、「いとこたちの戦争」と呼ばれた第一世界大戦によって、ヨーロッパの多くの王室が姿を消したが、イギリス王室はしぶとく生き残った。2010年7月、ニューヨークの国連総会に出席したエリザベス二世女王は「私が以前ここに参りましたのは、1957年のことであったと記憶いたしております」とスピーチしたという。いやーすごい。まさに「現代国際政治の生き証人」である。著者は、よく言われる「君臨すれども統治せず」を「神話」と評しているけれど(おお!)、女王は今日でも「統治者」の自覚のもと、執務に精励されているのだろうか。
本書には、イギリス王室をモデルにした映画も多数紹介されている。私は現女王を描いた『クイーン』くらいしか見たことがないけれど、『英国万歳!』や『至上の恋』も見てみたくなった。と思っていたら、今年のアカデミー賞最多ノミネートは、ジョージ六世を描いた『英国王のスピーチ』だそうだ。苦労の多い生涯だったジョージ六世については、本書にも言及がある。少し滑稽で、かつ、どこまでも気高い人間ドラマを提供し続けるロイヤルファミリーに敬意を表したい。
本書は、12点の国王・女王の肖像画を取り上げ、イギリス王室500年(テューダー王朝~)の歴史をたどる読みもの。序章では、11世紀のノルマン征服(コンクウエスト)からバラ戦争までが短く紹介されている。
最初に登場するのが、15世紀後半のヘンリ七世。弱小国イングランドの王として、強力な同盟者を必要としたヘンリ七世は、息子および自身(再婚)の嫁探しに奔走する。オーストリアの○○家の○○王女とか、スペイン国王○○の娘とか、慣れないカタカナ人名が洪水のように登場して慌てる。ヨーロッパの王室史は「一国史」ってありえないんだなあ。ヘンリ七世の息子が、巨漢で有名なヘンリ八世、その娘でイングランド史上初の女王・メアリ一世を挟み、エリザベス一世の時代へ。スペイン艦隊を破り、大英帝国の基礎を築くとともに、君主と議会との相談によって国の重要事項を決定していくという慣例をつくったのも彼女であるという。
こんなふうに西洋史に疎い私でも多少は知っている名前が続くところもあれば、あまり印象のない名前が延々と続くところもある。しかし、何も知らない国王でも、カラー図版の肖像画を見ると、このひとは好きになれそうとか、このひとはちょっと駄目とか、無責任な直感が働いて、文章を読む助けになる。華麗な衣装に身を包み、家族との幸せな姿を描かれたチャールズ一世が、のちに清教徒革命で公開処刑された国王であることを知ると、感慨深く、肖像画に見入ってしまった。
面白いのは18世紀、イギリスの植民地政策は「有益なる怠慢」と呼ばれる(いい言葉だ!)のんびりしたものだったが、理想に燃える勤勉な「愛国王」ジョージ三世は、強引な新税を押しつけ、挙句、アメリカの独立を招いてしままった。生真面目な国王は精神に不調をきたし、その摂政(リージェント)になったのがジョージ四世。不肖のドラ息子だが、美術館や文芸協会のパトロンとして、果たした役割は大きかった。イギリス王室史には、約束事の「繰り返し」があって、真面目な国王の次は派手好きな放蕩息子、と決まっているように思う。
19世紀はヴィクトリア女王の時代だが、より興味深いのは、女王没後の20世紀初頭。ヨーロッパ諸国の王室のほとんどが、イギリスと閨閥関係で結ばれている。ロシアのニコライ二世の妻アレクサンドラはヴィクトリア女王の孫で、「ニッキー」と「アリッキー」の夫妻は、「バーティおじさん」ことイギリス国王エドワード七世と、毎年のように親交を温めていた。『坂の上の雲』を見てるけど、こういう特殊な紐帯をもつ「ヨーロッパ列強」の間に、日本が割って入るのは、いくら経済力を伸長させ、近代的な外交かけひきを学んでもムリだったんじゃないか、としみじみ思った。
20世紀、「いとこたちの戦争」と呼ばれた第一世界大戦によって、ヨーロッパの多くの王室が姿を消したが、イギリス王室はしぶとく生き残った。2010年7月、ニューヨークの国連総会に出席したエリザベス二世女王は「私が以前ここに参りましたのは、1957年のことであったと記憶いたしております」とスピーチしたという。いやーすごい。まさに「現代国際政治の生き証人」である。著者は、よく言われる「君臨すれども統治せず」を「神話」と評しているけれど(おお!)、女王は今日でも「統治者」の自覚のもと、執務に精励されているのだろうか。
本書には、イギリス王室をモデルにした映画も多数紹介されている。私は現女王を描いた『クイーン』くらいしか見たことがないけれど、『英国万歳!』や『至上の恋』も見てみたくなった。と思っていたら、今年のアカデミー賞最多ノミネートは、ジョージ六世を描いた『英国王のスピーチ』だそうだ。苦労の多い生涯だったジョージ六世については、本書にも言及がある。少し滑稽で、かつ、どこまでも気高い人間ドラマを提供し続けるロイヤルファミリーに敬意を表したい。