見もの・読みもの日記

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政治家から文学者まで/孔子さまへの進言(楊逸)

2012-02-12 23:56:30 | 読んだもの(書籍)
○楊逸『孔子さまへの進言:中国歴史人物月旦』 文藝春秋 2012.1

 中国生まれの芥川賞作家、楊逸(ヤンイー)さんが、中国の古代から近代までの歴史に登場する人物7人について語ったエッセイ。7人とは、登場順に、毛沢東、蒋介石、孔子、始皇帝、李(りいく)、武則天、魯迅。私が感銘を受けた順では、毛沢東、蒋介石、それから本書を読むまで全然知らなかった李の章が抜群に面白かった。魯迅もいい。

 孔子の章は、一番面白くないと思うのだが、幅広い日本人読者を「掴む」ことを考えると、このタイトルになってしまうのかなー。ただ、著者が小学生の頃、孔子と林彪(りんぴょう)を批判する詩を、五言絶句や七言絶句(!)の形式で書かされたという話は面白かったし、驚いた。そこは伝統尊重なんだな。

 毛沢東、蒋介石については、同時代の一般中国人による人物評を、日本人のフィルターを通さずに聞けて面白かった。本書にさりげなく引用されている毛沢東の言葉はすごい。「跟天闘、跟地闘、跟人闘、其楽無窮(天と闘い、地と闘い、人と闘い、其の楽しさ窮まることなし)」って、まさに混世魔王である。善悪を別にして、日本みたいな小さい島国には、生まれようのない人物だと、あらためて思った。

 陽逸さんは大陸の出身だが、母方の祖父や伯父は国民党に従い、台湾に渡ったのだそうだ。だから、大陸人が見た毛沢東、台湾人が見た蒋介石、さらに、そのクロスした視点も語られている。伯父たちが親しみをこめて「老総統」と呼ぶ蒋介石を、大陸人は「蒋光頭(蒋の禿げ頭)」としか呼ばなかったこと。老境の蒋介石が、文化大革命の映像を見たショックで、数日間外に出てこなかったこと。もう大陸には戻れないと覚悟を決めた蒋介石は(遅い!)、ようやく台湾の教育普及と経済振興に力を入れ始めた。しかし、信頼していたアメリカに裏切られたときの狼狽ぶりは、「婦人之仁、匹夫之勇」を見るようだ、と著者はなかなか手厳しい。

 経済発展と民主化に尽力した蒋経国、国民党のリーダーでありながら公然と民進党と結託した李登輝、「台湾文化大革命」と呼ばれる「去蒋化運動」を繰り広げた民進党の陳水扁、返り咲いた国民党政権のもとで、毛沢東の顔を印刷した大陸の人民元が舞う皮肉。台湾の戦後史も、「台湾=親日=大好き」的な、甘ったるい日本人のフィルターを外すと、かなり違った風景が見えてくるように感じた。この政治的闘争の激しさ、やっぱり漢民族である。

 政治的人間の究極の姿として、「孔子さま」の章にちらりと描かれているのが周恩来である。孔子の唱えた「中庸の道」を体現することにより、あらゆる圧力、迫害に耐え、死後も批判されることなく、無垢の聖人と称えられた。中庸の道とは「恐るべき保身術でもあり権力術でもあり、名誉術、人気術でもあったろう」と著者は記す。政治学者でも何でもない小説家から、この洞察が出てくるあたりも、政治の国の伝統だと思う。

 文学者・魯迅および李を語った章も面白い。魯迅の言葉「未来是墳、墳的未来、無非被踏平(未来は墓である。墓の未来は、踏みつぶされて平らになる)」もいいな。暗黒の穴のような絶望感、ナイフのような鋭利な攻撃性を感じさせる。このひとの本質は「権威」とか「顕彰」から、まるで遠いところにあるのに、「偉大なる文学者、偉大なる思想家、偉大なる革命家」に祀り上げられ、魯迅に批判された経験のある著名人は、それだけで生命財産を脅かされたこともあったという。このあたり、魯迅が最も憎んだ中国文化の「しぶとさ」を感じさせる。かと思えば、台湾では魯迅の名前は禁句だったとか、ここ数年、大陸では教科書から魯迅作品を削除し、その分を「論語」で埋めようという動きがあるそうだ。ええ~相変わらず、わけわかんない迷走だなあ、中国(台湾も大陸も)。

 李(937-978)は、五代十国の南唐第三代王。前半生は、花鳥風月を題材としたロマンチックな詞で、後半生は亡国の悲しみを秘めた哀切な詞で知られる。少なくとも近世以降(?)日本では、漢詩文といえば「豪放派」が圧倒的で、こういう「婉約派」の詩人は、ほとんど読まれてこなかったように思う。もったいない。ここは、とにかく読むべし。まさに味わうべし。
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