○柏井壽『ふらり 京都の春』(光文社新書) 光文社 2011.3
京都には、年に4、5回通っているのだが、どうしても行ける季節が限られる。桜の咲く頃には、久しく行っていないなあ…と思ったら、むしょうに行きたくなってしまって、本書を手に取った。同じ著者の『京都 冬のぬくもり』を以前読んだが、本書は、夏→秋→冬→春と続いたシリーズの最終巻である。
冒頭の雛祭りのエピソードが面白かった。「サザエさんよろしく、僕が子どもの頃には〈雛祭り〉のおよばれというものがあった」と1952年京都生まれの著者は書いている。そうか、あれは本当にあったのか~。著者より一回り下の私は、それこそ「サザエさん」の中にしかない話だと思っていた。東京下町のサラリーマン家庭だった我が家には、箪笥の上に飾れるような、団地サイズの雛飾りしかなかったしな。一戸建てだったけど。
それにしても、不二家のラウンドケーキをお土産に選び、「柏井クンとこはえらいハイカラなおうちやなあ」と言われて得意満面だった著者は、祖母から「アホ。向こうのお母さんは誉めてはるのと違う」と叱られ、「変わったことしようと思わんでええね。ありきたりが一番や」と諭される。小学生のときの思い出だという。京都人、おそるべし。でも、そのわりには京都人って、突拍子もなく変わったことをする人が出現するように思うけど。
春といえば、やはり桜。「哲学の道」は、どのガイドブックも外さない桜の名所のひとつだが、もとは橋本関雪が、愛妻よねの提案にしたがい、大正10年(1921)およそ360本の若木を寄贈したことに始まるので、「関雪桜」とも呼ばれているという。初めて知った。それ以前は、あの疏水沿いに桜はなかったのか。というか、疏水の誕生もそんなに古くはない筈である。
洛西では、龍安寺の石庭にかぶさるような枝垂れ桜。そうそう、あれはいい。見たことがある。知らなかったのは、原谷苑。桜の時期だけ、有料公開される庭園だそうだ。著者は「寺でも神社でもなく、ただただ桜を見るためだけに入苑料を払う」ことに抵抗があって、長らく足を運ばなかったが、行ってみて考えを改めたそうだ。私は、以前の著者の気持ちも分かるが、大人になってみると、何でも無料公開がありがたいわけではない、と思うようになった。美しい風景でも、文化財の公開でも、むやみに押し掛ける人込みに混じる苦痛を思うと、もっとハードルを高くして、来訪者を選んではどうか、と感じることも多い。入苑料が毎年変わるというのも徹底していて面白い。行ってみたい。
千年の都といわれる京都だが、その風景は、近代以降にもずいぶん変遷しているようだ。鴨川の三条から七条あたりの東岸も現在は「花の回廊」となっているが、著者の学生時代は、川岸を京阪電車が走っていたという。線路が地下に潜ることになり、同時に桜並木を伐られてしまったときは、腹を立てて抗議に行ったが、二十数年経って、ようやく桜が戻ってきた。しかも、以前よりも変化に富んだ桜風景となったというのだから、伐りっぱなしにしなかった京阪電車はエライ。Wikiを見たら、昭和54年(1979)3月に、東福寺駅~三条駅間の地下化工事起工式が行われている。私が修学旅行で京都に行き、以後、たびたび京都に行くようになった最初が、この頃じゃないかな?
お楽しみグルメでチェックしたのは、「はふう」のカツサンド、近江編の「カネ吉山本」の牛丼コロッケ。スイーツでは平野家本家の「いもぼうる」が食べてみたい。…あとは、料亭、懐石、一癖ある居酒屋となると、私には敷居が高すぎる。春泊まりのおすすめ宿も、どんな人が泊まるんだろうなあ、と思いながら、リストを眺めるのみ。
![](http://ecx.images-amazon.com/images/I/31UTAzyACeL._SL160_.jpg)
冒頭の雛祭りのエピソードが面白かった。「サザエさんよろしく、僕が子どもの頃には〈雛祭り〉のおよばれというものがあった」と1952年京都生まれの著者は書いている。そうか、あれは本当にあったのか~。著者より一回り下の私は、それこそ「サザエさん」の中にしかない話だと思っていた。東京下町のサラリーマン家庭だった我が家には、箪笥の上に飾れるような、団地サイズの雛飾りしかなかったしな。一戸建てだったけど。
それにしても、不二家のラウンドケーキをお土産に選び、「柏井クンとこはえらいハイカラなおうちやなあ」と言われて得意満面だった著者は、祖母から「アホ。向こうのお母さんは誉めてはるのと違う」と叱られ、「変わったことしようと思わんでええね。ありきたりが一番や」と諭される。小学生のときの思い出だという。京都人、おそるべし。でも、そのわりには京都人って、突拍子もなく変わったことをする人が出現するように思うけど。
春といえば、やはり桜。「哲学の道」は、どのガイドブックも外さない桜の名所のひとつだが、もとは橋本関雪が、愛妻よねの提案にしたがい、大正10年(1921)およそ360本の若木を寄贈したことに始まるので、「関雪桜」とも呼ばれているという。初めて知った。それ以前は、あの疏水沿いに桜はなかったのか。というか、疏水の誕生もそんなに古くはない筈である。
洛西では、龍安寺の石庭にかぶさるような枝垂れ桜。そうそう、あれはいい。見たことがある。知らなかったのは、原谷苑。桜の時期だけ、有料公開される庭園だそうだ。著者は「寺でも神社でもなく、ただただ桜を見るためだけに入苑料を払う」ことに抵抗があって、長らく足を運ばなかったが、行ってみて考えを改めたそうだ。私は、以前の著者の気持ちも分かるが、大人になってみると、何でも無料公開がありがたいわけではない、と思うようになった。美しい風景でも、文化財の公開でも、むやみに押し掛ける人込みに混じる苦痛を思うと、もっとハードルを高くして、来訪者を選んではどうか、と感じることも多い。入苑料が毎年変わるというのも徹底していて面白い。行ってみたい。
千年の都といわれる京都だが、その風景は、近代以降にもずいぶん変遷しているようだ。鴨川の三条から七条あたりの東岸も現在は「花の回廊」となっているが、著者の学生時代は、川岸を京阪電車が走っていたという。線路が地下に潜ることになり、同時に桜並木を伐られてしまったときは、腹を立てて抗議に行ったが、二十数年経って、ようやく桜が戻ってきた。しかも、以前よりも変化に富んだ桜風景となったというのだから、伐りっぱなしにしなかった京阪電車はエライ。Wikiを見たら、昭和54年(1979)3月に、東福寺駅~三条駅間の地下化工事起工式が行われている。私が修学旅行で京都に行き、以後、たびたび京都に行くようになった最初が、この頃じゃないかな?
お楽しみグルメでチェックしたのは、「はふう」のカツサンド、近江編の「カネ吉山本」の牛丼コロッケ。スイーツでは平野家本家の「いもぼうる」が食べてみたい。…あとは、料亭、懐石、一癖ある居酒屋となると、私には敷居が高すぎる。春泊まりのおすすめ宿も、どんな人が泊まるんだろうなあ、と思いながら、リストを眺めるのみ。