見もの・読みもの日記

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詩とノンフィクション/言葉に何ができるのか(佐野眞一、和合亮一)

2012-04-03 22:23:32 | 読んだもの(書籍)
○佐野眞一、和合亮一『言葉に何ができるのか:3.11を越えて――』 徳間書店 2012.3

 震災から1年経って、ようやく少し関連書籍を読んでみようかという気持ちになった。しかし、表紙を見ただけで、吐き気のするような出版物のなんと多いことか。結局、この著者なら、限界点以上には裏切られないだろうと思って手に取ったのは、佐野眞一さんの本だった。

 実は、2012年3月11日(日)の21時から、ニコニコ動画で「『津波と原発』著者、佐野眞一が語る3.11」を視聴した。インタビューアーは角谷浩一氏。オジサン二人がモソモソと喋るだけの番組だったが、当日放映されていた、さまざまな震災1周年番組(全て見たわけではないが)に比べたら、圧倒的だった。「震災が起きてすぐ大津波に襲われた三陸と、東京電力福島第1原発の20キロ圏内に入った」という現地取材の重み。加えて、東電OL殺人事件や、原発の父と呼ばれた正力松太郎を追って来た佐野さんだからこそ語れる言葉の厚みがあった。

 という記憶を踏まえて、本書。対談相手の和合亮一(わごう りょういち)さんは、1968年福島生まれ、福島在住の詩人。震災後の3月16日からツイッターに書き込んだ「詩」が、次第にフォロワーを増やし、『詩ノ黙礼』『詩の礫』『詩の邂逅』三部作となってまとまった。知らなかった。震災って、実にさまざまなものを産んでいたんだな。本書は、その経緯を著者自ら、詳しく語ったものである。

 1月からツイッターを始めたものの、10回くらい書き込んで、これは自分に向かないと思ってやめていたこと。フォロワーも7人くらいだったこと。それが、3月16日から、指が自然に動いて、ツィートを始め、2時間くらいでフォロワーが171人に増え、またしばらくしたら250人に増えていたという。今も続けられている和合さんのツィッターはこちら。本書にも、いくつかのツィートが引用されているが、冷たいような、暖かいような、人を覚醒させる美しさがある。

 和合さんは、当時の気持ちを「怒りしかなかった」という。ちょっと格好をつけるなら、『山月記』の「産を破り心を狂わせて」虎になった状態。ううむ。先だって私は、内田樹さんの「怒っちゃだめよ」発言に共感したのだが、本書を読んで、本当に怒る権利を持っている人たちがいる、ということも心に沁みた。そして、その心の底からの怒りが、まわりの人を傷つける刃となるのでなく、却って「明日もぜひ読ませてください」「ほっとしました」という肯定的な反応を引き出し得るところに、詩人のことばの不思議さを感じた。

 「これは詩ではない」という批判もあったそうだ。福島の桃を毒桃と書いた俳人から「毒桃に加担する詩人」と呼ばれたことも。さらに地元の先輩詩人に「こういうことを書いたら、地元の人が傷つく。謝れ」と言われたことも淡々と語られている。そして、周囲の反応に、とまどったり、反発したり、傷ついたりしながら、最終的に、自分と異なる考えを持つ人たちを受けとめ、けれども僕は「僕の生き方」に誠実に生きる、という覚悟が述べられている。

 「不条理を不条理のままにして、目をつむりたくない」「最後の一人になるまで抵抗していきたい」という言葉が印象的だった。彼がツィッターに投げた「詩の礫」は、たくさんのフォロワーを呼び起こしたけれど、「最後の一人になるまで」という気概があることを見逃したくない。この一年、美談仕立ての「絆」探しには、うんざりした。むしろ日本の社会は、ひとりひとりが、もう少し孤独に耐える勇気を持つ必要があるのではないかと思う。

 和合さんの「詩のことば」に対応するのが、佐野さんの、ルポルタージュ、あるいはノンフィクションのことば。途中に広津和郎の有名な講演を引いて、「どんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、行き通していく精神――それが散文精神だと思います」と語っている箇所がある。これもいい言葉だ。原発の事故現場に入るのに、カメラを構えて「ただいま入りました!」と興奮しながら入っていくマスメディアは、明らかに「散文精神」とは異質なものと言える。

 マスメディアがつくってきた「精神の瓦礫」に対して、二人は「言の橋」をかけよう、という。伝わりやすさの中にある薄っぺらなコミュニケーションでなく、伝わらないがゆえに底深く通底するコミュニケーション、あるいは絶望の中の祈り。これは奇を衒った逆説ではないと思う。「言葉を扱うことで禄を食む人間」どうしの、真剣な手探りが最後まで続けられていて、重みのある1冊だった。



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