見もの・読みもの日記

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二千年前の日常/古代中国の24時間(柿沼陽平)

2021-12-13 21:08:31 | 読んだもの(書籍)

〇柿沼陽平『古代中国の24時間:秦漢時代の衣食住から性愛まで』(中公新書) 中央公論新社 2021.11

 人々がどこに住み、何時に起き、何を食べていたか。物価はいくらか。飲み会にはいかなるルールがあったのか。このような人々の暮らしに焦点をあてる歴史学を「日常史」と呼ぶ。本書は、秦漢時代の日常に焦点をあて、中国古代帝国の1日24時間を描いている。

 序章「古代中国を歩く前に」では、生活の基本知識として、名前(姓・名・字)のつけかたとよびかた、行政区分(郡県郷里、郡城・県城)について解説する。

 第1章「夜明けの風景」は、当時の自然環境、時間の把握方法、時刻の名前など。長江流域は常緑広葉樹の森林帯で、漢代になってもまだゾウが生息していたという話に驚く。第2章「口をすすぎ、髪をととのえる」から、いよいよ1日が始まる。虫歯、口臭、髪型と冠。髷を結わないと冠が固定できないので、男性官吏にとって薄毛は切実な悩みだった。王莽がハゲだったというのは初めて知った。第3章「身支度をととのえる」は、衣服、化粧。当時の官吏は、現代の女子中高生と同じで、決められた制服のなかで精一杯オシャレをしていたという。

 第4章「朝食をとる」では、当時のレシピが具体的に記述されている。主食は粒食(穀物を煮てから蒸し、粒のまま食べる)または粉食(餅や麺)。コムギの粉食は唐代に盛んになったといわれるが、漢代にさかのぼるという論者もいるそうだ。庶民のオカズはネギやニラだが、上流階級は、食材も料理法も調味料もバラエティ豊か。そういえば、肉の串焼きは中国の古装ドラマで見たことがある。

 第5章「ムラや都市を歩く」は建物、ムラや都城のつくり。第6章「役所にゆく」では、イケメンとそうでない人の考察が面白かった。当時は肌が白く、美しいヒゲを持つ男子が好まれた。身長も低くないほうがよい。漢代にはイケメンであることが官吏の採用条件に含まれることがあった。官吏の昇進競争の厳しさは、なかなか身につまされる。

 第7章「市場で買い物を楽しむ」も詳しくて面白い(著者の専門が経済史・貨幣史と知って納得)。物価には、固定官価(法律で決まる)・平価(実勢価格を参考に県が決める)・実勢価格の三種類の価格があった。売り手も買い手も、より多くの商品情報を集め、より有利な取引を成立させようとした。一方、売り手と買い手にしばしば慣習的な顧客関係が構築されたことが、商品価格の乱高下を抑えた。また、大型取引では、地元の顔役がプローカー(儈)となって取引の公正を担保した。

 第8章「農作業の風景」では、華北の気候(夏に雨が降り、穀物と雑草が繁茂する)に基づく農業が、ヨーロッパ(冬に雨が降り、雑草があまり生えない)に比べてどれだけ困難だったかを知る。穀物以外の収入源として、絹織物や麻織物の生産、牧畜、狩猟、河川での漁業、さらに賃労働をする者もあったが、その実態は史書にあまり書き残されていない。

 第9章「恋愛、結婚、そして子育て」によれば、恋はしばしば道端でのナンパから始まる。婚礼の手順と儀礼は、古装ドラマでおなじみ。第10章「宴会で酔っ払う」によれば、古代中国の食事は二回で、午後2時~4時頃に二度目の食事をとり(早い)、そのまま宴会になることもあった。酒の種類は多様で、漢代には西域からワインも輸入されていた。席次、余興、酒令。ついでにトイレの考察も。

 第11章「歓楽街の悲喜こもごも」は、芸妓の歴史、男女の性愛について。陶俑や画像石(?)には、男女の性愛を表現したものがあるのだな。貴重な図版を初めて見た。第12章「身近な人びとのつながりとイザコザ」は嫁姑問題、離婚、再婚。第13章「寝る準備」は、灯火、手紙、沐浴など。

 こんな具合で、卑近な話題も避けず、幅広いテーマが取り上げられている。「エピローグ」によれば、著者はアルベルト・アンジェラ氏の『古代ローマ人の24時間』に触発されて本書を構想したというが、その後の準備作業がすごい。木簡、竹簡、壁画、明器など、利用可能な全ての史料を用いることにし、資料の歴史的背景を明らかにすべく、出土地に赴いて現地調査もおこなった。伝世文献は、史書や思想書だけなく、軽視されがちな小説類も利用している。

 その苦心は、巻末の膨大な注記からも推察することができる。本文では、古代にタイムスリップした現代人が目撃した光景としてサラリと描かれた記述に、おや、これは?と記憶を刺激されて、注記を見ると「史記」だったり「顔氏家訓」だったりした。この元ネタ当ても本書の楽しみ方のひとつだと思う。

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