〇五島美術館 特別展『西行 語り継がれる漂泊の歌詠み』(2022年10月22日~12月4日)
本展は、世に数点しか伝わらない稀少な西行自筆の手紙をはじめ、西行をテーマとした古筆・絵画・書物・工芸の名品約100点を展観し、中世から近代に至るまで、西行が時を越えて人々の心に語りかけてきたものを探る。なお、かなり展示替えがあり、私が参観したのは会期の早い方だった。
はじめに「西行とその時代」を語るさまざまな資料が出ていた。書写本の『平家物語 延慶本』や『吾妻鏡』、平忠盛筆『紺紙金字阿弥陀経』など。その中に『平治物語絵巻断簡 六波羅合戦絵巻』(大和文華館)があって、あっと思った。この夏、承天閣美術館で別の断簡を見て、すっかり慌ててしまった作品である。これは敗走する義朝主従を描いたものと言われるが、あまり大和文華館で見た記憶がない。公開は珍しいのではないか。MOA美術館の『西行像』(鎌倉時代・14世紀)も初めて見た。面長で精悍な雰囲気のある老僧が、袈裟をかけた墨染の法衣の姿で坐し、右手は冊子を水平に胸の前に掲げ、左手は長い数珠を握っている。
さて数少ない西行の真筆として、『僧円位書状』(和歌山・金剛峯寺)と『一品経和歌懐紙』(京都国立博物館)が出ていた。あまり連綿状ではなく、線の太さが一定で、万年筆で書いたように読みやすい文字だと思った。冷泉家時雨文庫の『曽丹集』(桝形本)には「のりきよかふて(義清が筆)」という小さな紙片が付いているが、二人ないし三人の寄合描きで、どの部分を西行の筆跡としているかは定かでないそうだ。この『曽丹集』から切り離された断簡も「伝・西行筆」として伝わっているものが多い。そのほかにも「伝・西行筆」の古筆が次から次へと並ぶのだが、ぜんぜん印象が違うものもあって、笑ってしまった。しかし名品揃いなのは間違いなく、古筆好きには眼福である。同時代の、藤原俊成、藤原定家、冷泉為相らの真筆、さらに後鳥羽院筆『熊野懐紙』も見ることができる。
後半は絵画資料の中の西行。『西行物語絵巻』は鎌倉・室町時代だけでなく、江戸期には宗達や光琳の作品も知られる。狩野派や土佐派の屏風にもなり、工芸品のモチーフにもなった。近代の橋本雅邦や小林古径の作品まで目配りが届いていて楽しかった。私が好きなのは、北村美術館の『西行物語絵巻断簡』(室町時代)に描かれた、桜の木の下に寝そべる西行の図。桜の木と西行のほか、余計なものが一切描かれていないのがよい。井原西鶴の『花見西行偃息図』も実に心のどかで幸せそう。
最近の同館の展示は、大東急記念文庫の蔵書からテーマに関連する江戸の草双紙等を紹介してくれることが多いのだが、今回も『人間万事西行が猫』『軍法白金猫』等が出ていて、あらすじを読んで笑いをこらえるのに苦労した。浄瑠璃本『軍法富士見西行』もおもしろいなあ。『撰集抄』の西行が人骨を集めて人間を造る話は、むかし澁澤龍彦のエッセイで知ったもの。笑い話から怪奇譚まで、自由に広がる想像力が楽しい。